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《サンプル版》4.欧介
律が遊びに来た。
庭の朝顔をじっと見ていたから、声をかけたら降りてきた。
ビールを小脇に抱えて必死に朝顔の鉢を持つ律を、思わず食べ物で釣ってしまった。
腹が減っていたらしく、想像以上によく食べた。
カレーは二杯。
ビールは三本。
酒に強いらしく、あまり酔わなかった。
昼から家にいて朝顔に水をやる男を、どう思っているのか知らないが、楽しそうに飯を食ってくれた。
未成年にビール飲ませちゃったけど。
友達と言ったらちょっと引かれたが、結果笑ってくれたからよしとする。
家に誰もいなくて、話し相手が欲しかったんだと思う。
友達のいない夏休みはきついだろう。
俺が高校生の時は、夏休み、何してたっけ。
もう忘れた。
汚れのない横顔をしていた。
俺がどんな目で見ているかなんて、知りもしない。
来週学校が始まれば、友達も出来て、高校生らしく彼女でも作るんだ。
そうすれば、こんな不思議なやつのことなんかきっと忘れる。
「櫻田さん、一人暮らしなんすか」
「うん、そうだよ」
「…ずっと?」
「5年になるかな」
「それまでは誰かと住んでたんですか」
「…姉夫婦が居たんだけどね。事情があって…」
空気を読んだ顔をして、律が俺の顔をのぞきこんだ。何かまずいことをきいてしまったと思ったんだろう。本当にいい子。
「この家もう遣わないっていうから、貰い受けたんだ」
「へえ…」
「律くんは、なんでこんな微妙な時期に転校してきたの?」
「あー、母親が離婚して」
「…そうなんだ」
「あ、全然暗い話じゃないっすよ。父親は最低でしたけど、母親はこっち帰ってきて生き生きしてるんで」
気を遣わせない物言いが、頭の良さを感じる。律は、にっと笑ってビールの缶をぐいっと空けた。そして、今日みんなして温泉行ったんすよ、と言った。
「温泉?なんで律くんは行かなかったの?」
「だって…この年で家族と温泉とか…なくないすか?」
律は頭を掻いた。こういうところは、やっぱりいまどきの高校生だ。
俺は、思い切って聞いてみた。
「いつ帰ってくるの?」
「明後日の夜…」
「それまで、飯は?ずっとカップ麺?」
「の、つもりだったんですけど…」
「もし嫌じゃなかったら今夜と明日、飯、食いにこない?俺も一人で食べるより楽しいし」
律の顔がぱあっと明るくなった。素直だ。感情と胃が直結してる。
「いいんすか?」
「うん。夜、何食べたい?」
「に…肉!」
料理じゃなくて、素材の名前を叫んだ律に、ずいぶん笑った。
久しぶりにワクワクした。何を作ろうか。
誰かのために料理をするなんて、初めてかもしれない。
そして、家族が温泉から帰ってくるまで、昼と夜は律が俺の作る飯を食べにやってきた。
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