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アタシ、十九の頃から二十代半ばまで、とある財閥の社長さんの愛人をやってました。そうね、もう五十年以上前になるわね。そんなに昔じゃないのよ、昭和中期だもの。
愛人なんて、今だったらとんでもないことよね。言葉を変えたって不倫は不倫でしょう? でも当時は今ほど世間の風当たりは強くなくて、お金持ちが愛人を囲ってるなんてよく聞く話だったわ。今でもそうなの? お金持ちとご縁が無いからわかりませんけど。
その社長さん、彰治郎さんて仰ったけど、美人の奥様がおありで、アタシが勤めていたデパートによくご夫婦で出掛けてらしたわ。
アタシ、案内嬢をしていましたから、よくお二人を婦人服売り場にご案内したものでした。ご夫婦の会話も物腰柔らかでね。「君にはこの色が似合うよ」「そうかしら」なんてお幸せそうにしてらして。
彰治郎さんはアタシのことを覚えてくださって、「絹ちゃん」なんて下の名前で呼んで可愛がってくださいました。
ある時、彰治郎さんがお一人でご来店になって、「絹ちゃん、今日は君に服を買ってあげるから、この後仕事が終わったら食事に付き合ってくれないかい?」と仰ったんです。
話を聞くと、奥様との約束でホテルのレストランに予約をしていたのだけれど、急な都合で行かれなくなって、キャンセルするのもお店に悪いから、一緒に行って欲しいってお話だったの。こんな機会滅多にないと思って、アタシ喜んでお受けしたわ。
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