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「実は、家内と離婚を考えている」
「えっ」
「絹ちゃん、僕と一緒になってくれないか?」
アタシはビックリして、しばらく言葉が出なかった。言葉より先に、涙が出たわ。
「ホントに? 彰治郎さん、ホントにアタシでいいの?」
「絹ちゃんしか考えられないんだ。僕は絹ちゃんと居る時だけは、自分の人生を生きているって実感できる。僕の側にいて欲しい。この先ずっと。こんなおじさんとじゃ嫌かい?」
「嫌じゃないわ。嫌なわけないじゃない。アタシ、あなたと一緒になりたいってずっと思ってた。ホントはずっとそれを願っていたのよ。嬉しい。信じられない」
「絹ちゃん……」
彰治郎さんはニスが塗られた木のテーブルの上で、アタシの手を包むように握ってくれた。
アタシ、ずっと心のどこかで、愛しているのはアタシだけなんだと思っていたのよ。アタシの想いと、「愛人」に対する彰治郎さんの想いとは全く別物だって。それでも愛し合ってるって思い込もうとしてた。そうでないと自分が惨めだったから。
でも、違ったんだわ。彼も本気でアタシを愛してくれていたんだわ。そう思うと涙が止まらなかった。
彰治郎さんの手は大きくて温かで。暖色の白熱灯が優しくて、狭い店内はコーヒーの香りでいっぱいで、そう、ちょうど、ミスタームーンライトが流れていたわ。
アタシにはあの瞬間――二人の想いが頂点に達した瞬間の景色が、人生で一番色鮮やかな記憶として、今もはっきりと焼き付いてる。
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