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結局その後、離れるのが惜しくなってしまって、もう一泊して帰ることになった。
いつものように二人で抱き合って眠っていたのだけど、アタシ、夜中にふと目が覚めたの。
そして怖くなった。
彰治郎さんと一緒になるってことは、社長夫人になるってことだわ。今の奥様を追い出して、愛人のアタシが、会社どころか社会のことさえ何もわからない小娘のアタシが、大勢の人の目に晒されるということだわ。
これまで奥様と親しくなさってきた人達はアタシを恨むでしょうね。彰治郎さんも評判を落とすかもしれないわ。ひょっとして、それが原因で財閥が傾いてしまったら、アタシ、アタシどれだけの責任を背負わされるの?
そう考えたら、どうしても不安でいられなくって、アタシ、そっと彰治郎さんの腕から抜け出して、バスルームでコッソリ服を着替えて、旅館を出たわ。
逃げたの。
彰治郎さんを置き去りにして、黙って逃げたのよ。
外に出たら雨が降ってた。ザーザー降りじゃなくて、しとしとと、まとわりつくような雨。
アタシは傘もなく、無数の細い雨につきまとわれながら、真っ暗な中を伊東駅まで足早に歩いたわ。心細かった。でも頭は冷静だった。
長い夢から覚めたのね。
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