才能の片鱗

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才能の片鱗

 回は延長12回の裏、3対3の同点。スタメンの選手たちが最後の守りに就いていく。  3番手の捕手として俺は、開始からずーっとベンチで試合を眺めていた。  打力がないから代打にもなれない。リード面や捕球面が不安だから2番手にもなれない。それらが完全に劣っているから、スタメンに名を連ねることもない。あくまで不測の事態要因だ。  誇れるのは肩の強さだけ。小柄で腕が短いおかげか、捕ってから投げる動作の速さは球界一に匹敵する噂だ。どんな俊足の選手でも刺せる自信はある。  が、わざわざその選手を刺すためだけに、スタメンのキャッチャーを降ろすわけにもいかない。投手のワンポイントは聞いたことはあるが、これはない。第一、そんな贅沢な使い方をしている監督なんて聞いたこともない。  よって、年に何回かあるかわからない出場のために、こうしてベンチでおとなしく座っている。ほかのチームメイトから「地蔵」とイジられるのにも慣れてしまった。  無言で立ち上がる。出番がないからどうせ誰も咎めはしない。トイレに行くついでに少し通路で走っていようか。帰りの車はチームメイトも同乗するし、足が攣ったらシャレになんないからな。 「ワアアアアァァァアァァアァ!!」  トイレで用を足し、通路を軽く流す感じで往復していると、地鳴りのような声が届いてきた。試合で何かあったのか? サヨナラでも打たれたのか? 「おい、光川(みつかわ)!」  投手コーチが血相を変えて駆け寄ってくる。勢いそのまま俺の肩をガシっと掴んだ。 「な、なんスか?」 「監督がお前をご指名だ。行って来い!」 「マジですか!? よーし、いっちょやったりますよ!」  60試合振りの出場だ。嬉しくないはずがない。やっぱ、プロは試合に出て活躍してナンボ―― 「ただし、ピッチャーとしてだ」 「はい?」 「永谷(ながたに)が利き腕にピッチャー返しを喰らってな。総力戦で控えがもうおらん。んで、聞けばお前、遊びでちょこちょこピッチング練習をしとるそうじゃないか」 「そうですが……」  誰かチクりやがったな。あとでめんどくせーことになりそうだ。しかし、ぶっつけ本番かよ。監督も無茶言うわ。  投手コーチと急いでダグアウトに戻ると、ヘッドコーチから予備のグラブを渡された。 「がんばれよ!」 「暴投なんかすんなよ!」 「早く帰れるようにな!」  すでに役目を終えたチームメイトたちから激励と野次が飛んでくる。緊張感が今になって増してきて、怒鳴るように叫んだ。 「わかってますって!」  マウンドに到着すると、監督からボールを受け取った。 「消化試合や。気楽に投げろや」 「はい!」  こうなりゃヤケだ。全力でやり切ってやるわ! * * *  どうにかこうにか3者凡退に抑えられた……。試合は無事ゲームセット。球数は1イニングにしては多くなってしまったが、素人に毛が生えた奴がよく投げ切ったと思う。 「お疲れさん!」 「長えよ、ノーコン!」 「おいおい、危うく午前様だぜ!」  ダグアウトへ戻ると、手荒い労いを受ける。大半は悪態だが、マジで怒っているチームメイトはいなさそうだ。 「あの、監督!」  ダグアウトから出ようとしている監督を呼び止めた。 「どうして俺を使ったんですか?」  実は投手経験者の野手はまだ5人いた。捕手ひと筋でやってきた俺なんかより、まだマシなほうなのになぜ? 「お前を選んだ理由か? それはな、テレビでやる星座の運勢占いがあるやろ?」 「はい」 「あれが最高やったからや!!」 「……はい?」 「『歩のような存在がと金に化ける』んやと! いやー、その通りだったわ!」  ガッハッハッハ! と笑いながら背中をぶっ叩いてくる監督。 「ま、占いのこともあるがなァ、今後はひとつ、ピッチャーの練習をせえよ! お前のフォームと直球は、打つのになかなか難儀やろうしな!」 「は、はあ……」  監督やコーチ陣がダグアウトの向こうへ消えていく。チームメイトのひとりが声をかけてくれるまで俺は、その場に立ち尽くしたままだった。
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