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2 同居人との幸せ
詩織は目覚めた時、酷くおびえていた。
それは当たり前だと思う。どこの馬の骨ともわからない女が、自分のことを抱きしめながら寝ていれば、私だってそうなる。
状況を説明すると落ち着いてくれたが、それでも詩織は名前と年齢しか語らなかった。
七条(しちじょう)詩織。歳は15歳で私と5つ違い。未だに成長期が来ていないのか、と言いたくなるぐらい体が小柄で華奢。性格は、当初こそ大人しく最低限しか喋らなかった。しかし、今では活発なお転婆娘に変貌を遂げてしまった。軽口は叩くし、生意気だけど、正直可愛くて仕方なかった。
私は一人っ子だったから、きょうだいは居ない。こんな感じの妹が居たら、良かったのにと思う。
詩織との同棲生活が2週間弱ほど経つ。初めは、見ず知らずの他人と一緒に暮らしていけるのか不安が付きまとっていた。
……しかし、案外大丈夫だった。
私は、自分からコミュニケーションを取るのが苦手だ。だが、わがままな話、話すのは好きだ。話しかけられれば、相応の態度は取れる。
詩織がよく喋りかけてくれるようになってからは、同棲生活も悪くない、むしろ楽しいものだと感じた。
今まで淡々と人付き合いも特にせずに生きてきたのが、いかにもったいないか思い知らされた。
とにかく私は、今が楽しくてしょうがなかった。
「ん~? どうしたの? にやにやしながらあたしを見つめちゃってぇ」
いつの間にか視線が詩織に釘付けになっていたらしい。ごまかしの咳払いをひとつした。
「それじゃ、行ってくるね。今日は4限まであるから、18時前には帰ってくるよ」
「りょーかい。晩御飯何がいい?」
「そうだな……肉じゃがと味噌汁とご飯で。あ、あと――」
「鮭の塩焼きね」
「……よくわかったね」
「だって、ほぼ毎日食べてるじゃん。いい加減憶えてきたよ」
「それもそうか」
私は食器を流しに置き、リュックを担いだ。玄関に向かい、レインブーツを履き、雨がっぱを纏う。外は今日は雨だ。梅雨時期のやまない雨は、何もかもを億劫にさせる。そんなことを思いながら、ドアの前で振り向く。
「んじゃ、出かける時もそうだけど、私が出たら鍵をすぐ閉めなさいね」
「はーい。今日もめっちゃ土砂降りだから気をつけて!」
ドアノブを握って回し、外に出ようとする。
「あっ、ちょっと待って!」
もう一度振り返ると、すぐ真後ろにつっかけを履いた詩織が、まさに目の前に立っていた。
「ど、どうした?」
「出かける前のキス。ほら、昨日もしてくれたやつ!」
「ああ……あれ、恥ずかしいから止めない?」
「だーめ! してくれなきゃ嫌なの!」
「駄々っ子みたいに言われてもな……」
「あたしなんかじゃ、嫌……?」
詩織は突然声を弱々しくし、上目遣いで私の両目を覗き込んでくる。しかも子犬のように、瞳を涙で潤ませて。
「わかった、わかったからそんな眼で私を見るのはよせ。……で、どこにすればいいんだ?」
途端に、詩織の表情がぱあっと明るくなる。
「ほっぺでいいよ~。流石に歯を磨いたとは言え、納豆を食べた後で口と口じゃ嫌でしょ?」
私としては、頬にキスすることも恥ずかしくて嫌なんだが。……まあ、うだうだしていても講義に遅れるだけなので、唇を詩織の頬に軽く当てた。
「これでいいだろ。遅刻するから行くよ」
「うーん、95点! 行ってらっしゃーい」
謎の採点基準。ドアが閉まると、すぐに鍵もかかった。
ひとりになると、あることを実行しなければならない思いに駆られる。胸が詰まるほど苦しい。階段を降りて傘を開き、足取り重く大学へ向かった。
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