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4 梅雨明け
部屋の中が騒がしい。
土砂降りの雨が屋根を間断なく叩き続けているからだ。それに、台風も接近しているらしく、風が轟々(ごうごう)と吹き荒んでいる。アパート自体激しく揺さぶられ、四六時中ガタガタ鳴っているようなものだった。雷もここぞとばかりにあちこちで暴れまくり、外が一瞬光ったときには独特の音とともに地を震わす振動がやってくる。
今日はとても外に出る天候ではない。早朝に大学のほうから休校の連絡が来ていた。
私は部屋の中でひとり、体育座りをしている。何をすることもなく、半分魂が抜けているような顔で白い壁を凝視し続けている。
詩織が居なくなってから、1週間経過していた。
あの日、夜が明けたら詩織は、ベッドどころか部屋中を探しても居なかった。
代わりにテーブルの上に置き手紙が残されていた。内容は『必ず帰ってくるから、待っててね!』の一言のみ。
でもその一言で充分だった。必ず詩織は、戻ってくる確信が持てたからだ。
しかしながら、今まで騒がしかっただけあって、急に居なくなると寂しいものだった。心に空洞ができてここ1週間は、詩織が来る以前のように無気力に過ごしがちだった。
ピーンポン♪
滅多にならないインターホンが鳴った。鍵を解除し、ドアを開ける。
そこには1週間前に居なくなった詩織が、雨で全身が濡れねずみなのに関わらず、喜色満面にして立っていた。
「たっだいまー。元気にしてた?」
暴風雨と雷鳴が轟く中、ものともせずに明るく元気な口調で訊いてくる。だけど、私の耳には入らなかった。
「詩織!」
半無意識に寄りすがり、涙声で名前を呼んでいた。その状態で私は子どもみたいに泣いた。他の部屋から誰も出てこないのが不思議なくらい大声で、何年分の涙を詩織に浴びせるように。
詩織は何か言いたげに喉を詰まらせていた。が、私の頭を泣き止むまで黙って撫で続けてくれた。
* * *
「突然泣き出してごめん……」
詩織は首を横にふるふると動かす。
「ううん、それだけあたしのことを想ってくれてるんだなーって思えて、とっても嬉しかったよ。それより、せっかくの美人が台なしだよ。ほら、ハンカチで涙を拭いて」
「ありがとう」
渡されたハンカチで涙でくしゃくしゃになっている顔を拭く。思いきり泣いたおかげで、胸がすーっとした気がする。
「那帆ちゃん、大丈夫だよ! 家出したことを両親に謝ってきたの。説得というか説明に時間がかかっちゃってね。これからはずっと一緒に暮らしていけるよ!」
詩織の言葉の前半部が全然理解できない。後半部の言葉だけ聞けば、年甲斐もなく喜んだと思うのに。
「どういうこと……?」
「今日から那帆ちゃんは、あたしの家族になるの」
ますます分からない。混迷を深めていく脳髄が、断末魔を挙げんばかりだ。
「ごめん、言い方を変えるね。那帆ちゃんは、あたしのこと好き?」
「もちろん、大好きだけど……」
「あたしとどんな関係であれずっと暮らしたい?」
「どんな関係?」
「あたしのお姉ちゃんとか」
なんだか凄いことになってしまっているらしい。想像を絶する答えが返ってきた。狼狽して声が震えた。
「わ、私と詩織が姉妹?」
「そうだよ」
それって養子縁組ってこと?
「で、でも、ご両親はなんて言ってた?」
「うん、良いって言ったよ。那帆ちゃんは心配することないんだよ。あたしを信じて。ふたりは都内のホテルで待ってるから、行こ!」
詩織の言うとおりなのかもしれない。私は詩織のすべてを欲している。詩織といれれば問題ないではないか。何も迷うことはないのだ。それに、大混乱した脳髄は、最早回復しそうにもない。これ以上何も考えないことが得策だろう。
「わかった。これからもよろしくね。詩織」
詩織は嬉しそうに微笑む。
「はーい、那帆姉ちゃん」
どちらともなく、互いの手を取って握り、歩き出す。
外は台風の目に入ったのか風が弱まり、暗雲が割かれて一条の光が差し込んでいる。しばらくやまなかった雨も勢いを失いつつあり、久しぶりの青空が拝めそうだ。
歩きながら私は願う。どうかこの先どんなことがあっても、私たちをこのまま引き離さないで欲しい――と。この差し込んだ光のように、明るい未来でありますように――と。
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