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【60】
それぞれの屋敷に向かうのも面倒だろうと早馬でミーシャとリズを私の屋敷に呼び寄せるよう手配をしておいたとの事。
シェーン様って、どうしてこう良く気がつくというか痒いところに手が届くというか、マメなのだろう。
いや、女の私がガサツ過ぎるのか。
改めて御礼を言い馬車に乗り込む。
向かい側からキラキラした目で自分の膝の上をポンポンと叩くのは止めて頂きたい。
「あの、そういう状況ではございませんでしょう?」
と少し強くたしなめると、少し下を向いた後、ぐいっと顔を上げ、更に期待に満ちた目で席の端っこに寄って、ポンポンポンッと自分の隣の座席を叩いた。
……子供か。子供なのか。
その美貌でやられるとよりギャップ萌えするから勘弁して欲しい。心臓が痛くなる。
だけどこれまで断ると絶対に拗ねるのは明らかなので、恥ずかしさを耐えて隣に座る。
逆の端っこに座ったのが納得できないのか、シェーン様は私の腰に手を回してぐいーっと自分に密着させる。
「……ゆったりした席なのにこれでは狭くはありませんかしら」
「愛する婚約者同士なのだから普通の距離感だと思う」
キリッとした顔で答えるシェーン様は、どう考えてもむっつりスケベ枠にジョブチェンジした気がする。
いや彼なりに愛情アピールの方法を変えただけなのだろうが、あのぽそりぽそりと無表情に最低限の言葉しか交わさなかった今までを思うと、落差が激しすぎる。
だが、私の「なのだ」テイストな穏やかな日々が崩れていく不安も感じているのに、反面ちょっと嬉しいと思う自分も大概だと思う。
私の屋敷に到着すると、我が屋敷以外の馬車が2台止まっていたので、既にミーシャもリズも来ているようだ。
私は急いで馬車を降りた。
一緒に降りたシェーン様が護衛の方に何か囁かれていたので終わるまで待ち、ちょっと目を見開いたので何かお仕事で問題でもあったのだろうかと心配になる。
話が済んで私の方にやって来たシェーン様に、
「お手数をかけて申し訳ございませんでした。ではシェーン様もお仕事頑張って下さいませ」
そう挨拶をすると、
「……いや、私も一緒に行く。侯爵へ挨拶もしたいしな」
……まさか父様に婚前交渉しましたとか言うんじゃないでしょうね。
私は若干顔をひきつらせ、だが断れる訳もなく、そのままシェーン様と屋敷に入る。
「お帰りなさいませルシア様」
フェルナンドが出迎えてくれた。
「シェーン様もようこそ。只今主人から御挨拶に──」
「いや、今はいい。ルシアの友人に護衛の話もあるしな」
「かしこまりました」
ミーシャ様とエリザベス様は居間の方でお待ちです、とそのまま案内された。
「ルシア! 元気そうで良かった……本当に脅かさないでよ、昨夜は心配で眠れなかったわ」
「ルシア様! ご無事で何よりでしたわ」
居間に入ると、げっそりとやつれたミーシャと目を真っ赤にしたリズが勢い良くソファーから立ち上がった。
「心配かけてごめんなさいね」
後から飲み物を持って現れたジジも、
「良かったです、ほんと良かったです。……気をつけて下さいよう、ルシア様から元気取っだら能天気じが残らないんでずかだねぇ」
と半泣きでディスられた。
心配されてるのは分かるがもっと残るだろう何かこう、いいものが。でないと私の利点少なすぎるだろ。
「悪かったわジジ。今度から気をつけるから」
複雑な気持ちで慰める。
「──それで、暴漢は捕まったと聞いたのだけれど、そのぅ……まるっと無事だったのよね?」
言いにくそうにミーシャが私を見た。体の心配なのは分かる。
「ええ……それはまあ何とか」
まあ最終的に処女はシェーン様に持ってかれましたけども。本人いる前で余りオープンにしにくい話なので誤魔化す。
「……え?」
声を出したのはリズだった。
「お一人の時に拐われたと伺いましたが、助けが間に合ったと言う事ですの?」
「シェーン様がちょうど私に忘れ物を返そうとして引き返して来られたので、偶然私が拐われた所を目撃したのよ。だから空き家に連れ込まれた時に助けに……」
「まあ……」
暫く黙ったままだったシェーン様がリズに顔を向けた。
「……エリザベスと言ったか。まるでルシアが乱暴されていた方が良かったみたいな感じだな」
直接話しかけられたのに驚いたのか、ビクッと肩を震わせ、リズがシェーン様を見返した。
「いえっ、大変失礼致しました。
そうではなく友人も2人、先日暴漢に拐われたのですが、辱しめられてしまって……1人はほぼ確定していた婚約も破棄になってしまったもので、助かるケースもあるのかと驚きまして……」
「まあ何てこと! リズのお友だちが被害に?」
レイプの被害者じゃないのよ腹立つわぁ。
……そういえば「他の男の手垢がついたようでどうにもなあ」とパーティーで婚約破棄の理由を友人と話してる30前位のクズが居たが、余りに利己的な考えで吐き気がした。
その男に婚約破棄された女性は気の毒だが、むしろあんな男と結婚しなくて良かったと私は思う。
だが、そういう考えを持つ男性はこの国にも少なからずいるのだ。
どうせそんなことを言う男は娼館なんかでとっくに初体験など済ませてるに決まってるのだ。
自分もよその女性にナニを使っているのに、何で女性にはまず処女ありきもしくは自分のみありきなのか。なぜ処女ではなくなっただけで傷物扱いなのか。
本人が好きでヤられた訳ではないのに。
もし婚前交渉で既に致していた場合でも捨てそうよねあのクズは。
「最近は物騒な事件が多いからな。私とルシアも初めては済ませておいた」
考え事で上の空になっていたら、いきなりシェーン様のぶっこんだ話が耳に入り紅茶を思いっきり吹き出して噎せた。
「な、な、なっ、」
「ん? どうしたルシア?
驚いた顔も素晴らしく可愛いな。まあ昔からルシアは可愛くなかった事などなかったが」
と頭を撫でてきた。
テーブルのティッシュを何枚かひっ掴んで口とテーブルを拭い、
「シェ、シェーン様は何という事を人前で仰るのですかっ!」
と叫んだ。恥ずかしくて涙が出そうだ。昨日までは乙女だったのよ私は。
「ああ、悪かった。だがまた処女だと思って襲われてはかなわんからな。言っておきたかったんだ、そこのエリザベスに」
「……え?」
私は意味が分からずにアホみたいに問い返した。
何故リズに言わなければならないの?
どうして?
それじゃまるで、まるで──。
シェーン様が静かな怒りをたたえた眼差しでエリザベスを見つめ、
「今捕まってる奴らが吐いたそうだぞ? お前から依頼をされたと」
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