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【1】
「ルシア危ないッ!!」
「ルシア様ッ」
王宮のお茶会に母様の付き添いで来ていた私は、母様がプレゼントしてくれた可愛い日除けの帽子が風に煽られて飛んでしまったのを追いかけて、見事につまづいて大きな池に落っこちた。
足元を見てなかった私が100%悪い自損事故だ。でもほんと服を着たまま水に落ちる怖さを実感した。
何しろ手足はスカートがまとわりついてまともに動かせないし、水はガバガバと口に流れ込んでくるしで、危うく享年10歳になるとこだった。
とっさに近くにいた騎士団のお兄さんが飛び込んで助けてくれたそうだが全く記憶にない。
季節は秋。寒さも日々深まる頃合いだったのもあって、池では助かったものの今度は肺炎を起こし、高熱で生死の境をさ迷った。
そして、生きるか死ぬかの状況になって、初めて自分が日本人の前世を持つ人間だった事に気づいたのだ。
柊(ひいらぎ)陽咲(ひなた)、24歳のゲームオタク。友人とお気に入りのゲームの2.5次元舞台を観に行く途中で飛行機が墜落した。
最期の記憶が『せめて観てからにして欲しかった……』だったのが我が前世ながら情けない。
ただ、記憶が甦ってみれば、このフラワーガーデン王国はそのはまっていた【溺愛!ファイナルアンサー】という乙女ゲームの世界だった。
クイズ番組のようなタイトルだが、内容はかなりハードで、その中でヒロインを虐め抜く王子の婚約者、いわゆる悪役令嬢が私だ。
油断すると死ぬ。しなくても死ぬ。モグラ叩きのように死亡フラグがポコポコ飛び出してくる。
歩む道のほぼ全てが地雷源である。
唯一まともに被害最少(平民にはなるが五体満足)で生き残れるのが、ヒロインであるミーシャ・カルナレンが18で王子と婚約し結婚するトゥルーエンドルートのみなのだ。そこで結婚というめでたい祝いにケチがつかないよう恩赦が出て平民として生きる道が拓ける。
ヒロインが逆ハーレム状態なので、他の攻略対象とくっついてしまえば、王子には『婚約者のお前さえいなければ……』と毒を盛られて病死扱いになるか、騎士団隊長には恋人を虐めた悪魔のような女として忌み嫌われ、馬車の前に突き飛ばされて死ぬ。
後は冤罪押しつけられて生涯幽閉で気が狂うとか、ナレーションだけだったので細かいところは覚えてないが、そこまで酷い扱いしなくても……と思うエンドだったのは確かだ。
生まれ変わったのが好きなゲームの世界で喜んだのに、自分の役どころがその不憫な悪役令嬢。泣ける。
たまたま侯爵令嬢なせいで年頃の合う王子と婚約させられてるだけで、本人の希望ではないのに。
そもそもヒロインでしかゲームをプレイしたことがなかった人間にどうしろと言うのだ。
人を虐めるのだって御免こうむりたい。
……いやまだだ。
私は諦めない。
考えてみれば、私が王子と婚約破棄して無関係な人になってれば良いんじゃないのよ。
万事丸く収まるじゃない。
攻略サイトに片っ端からアクセスし、要点を攻略相手ごとにマメにメモして『ふふふ、これで全てのピースが揃ったわ……』と不気味に笑うデータ収集型のオタクだったのが幸いだ。
そもそも私の最推しは王子ではなく、図書館のメガネイケメンの司書様だったのよ。
王妃なんて面倒くさそうだし、王子は常に仏頂面だ。
マンガやゲームでは、
「その冷たい眼差しがたまらん」
「ツンデレは正義」
などと頭に虫が湧いたような事を言っていたが、リアルで冷たい眼差しを浴びるのはやはりツラい。
そして、5歳上のシェーン・リングロー王子にはデレが見当たらない。
既に15歳になり大人の階段を登り出してるシェーン様は、恐ろしく目鼻立ちの整った美少年だが、表情筋が全く活動してない。
無表情、もしくは眉間にシワを寄せているのがデフォルトである。そして眼差しはひたすら鋭くヒンヤリしている。確かに見目麗しいのは否定しないが、個人的には余り仲良く夫婦生活を送れるとは思えない。
ゲームをやっていた時も、私の最推しは図書室の司書であるハーバート・ケリガン様である。
眼鏡越しに微笑む優しい笑顔、物腰の柔らかな語り口。ジミメンと呼ばれてゲーマーからの人気はイマイチだったが、私の不動の1位は揺らがなかった。
マイナスイオンが身体中から放射されるような笑顔にいつも仕事の疲れを癒して頂いたものだ。
そのオタクとしての自分の知識をフルに活用して、婚約破棄させるように仕向ける。
ヒロインを虐めぬくのと最初から地雷源に行かないのとどちらがいいか。
当然より良心の呵責とリスクが少ない婚約破棄だ。
何しろ結婚という覇道の邪魔になりさえしなければ、私が巻き込まれる事もないのだから。
何としてでも処刑毒殺幽閉拷問は回避だ。
前世だって地縛霊になりそうなほど強い悔恨を残して若くしてあの世逝きだったのだ。セカンドライフが更に生命線短くなるとか勘弁ならん。
親同士の思惑での婚約なので、どうあっても無理な可能性もあるが、その時は平民エンドを目指す。
前世だって平民だし、元気に働ければ問題なし!
生きてりゃきっといい事はある。
楽しい平民生活を送って、最推しのメガネ君をたまに拝みに行って力強く生きよう。そうしよう。
無事に肺炎からしぶとく生き延びた私は、別人のように貪欲に学ぶようになり、知識を吸収し、平民になっても逞しく生きていけるよう様々な手作業にも積極的にチャレンジするようになった。
体の鍛練も欠かさない。
ひ弱なままではこの地雷源をかいくぐる事など出来はしないのだ。
そして、年2、3回ぐらいの頻度でわざと王妃に相応しくないようなヤンチャをしては、シェーン王子に婚約破棄のお願いをしていたが、あのブリザードのような眼差しで「却下」と断られる日々がここから何年も続くのである。
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