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【12】
「ルシア様、ご友人のミーシャ・カルナレン様がお見えで──」
恭しくミーシャを案内してきたフェルナンドが私を見てヒュッ、と息を吸い込んだ。
恐らく、ぼっちである私に同世代の女子が(それも劇的な美人!)やって来たものだから、嬉しくて舞い上がったのだろう。
こちらの様子を伺う事もなく連れてくると言うポカを切れ者のフェルナンドが本来する訳がないのだ。
(ルシア様にもようやく屋敷に遊びに来るようなご友人が!!それもこんな儚げな美少女が。
感謝します、感謝します神よ!)
とか思ったであろう事は、あの満面の笑みでおおよそ見当がついた。
さて、そこで私である。
目を見開いて私を見つめているミーシャは、今さら着替えに行っても意味がない事を物語っている。
侯爵令嬢としてあるまじき格好ではあるが、この失態を力ずくでなかったことにしなければなるまい。
──よし。一般の侯爵家では良くある、何でもない事のように振る舞おう。
私は秒で決断した。
「まあミーシャじゃなくて?どうなさったの突然」
私は乙女のようなキャピ感を作りつつ、ふんわりと笑いかけた。いやほんとどうしてウチの屋敷に。
「あ、あの、どうしても昨日の御礼をしたいと思い、いても立ってもいられずに、不躾かとは思いましたがお伺い致しました。
いきなりで本当に申し訳ございません。
お菓子作りが趣味ですので、ケーキを焼いたのですが、もし宜しければ召し上がって頂ければ、と……」
話しかけられて本来の目的を思い出したのか、慌てて頭を下げるミーシャは、サイドから髪を後ろでゆるくまとめ、ピンクのリボンを結んでいる。
よそ行き風のサーモンピンクの混じったレースのワンピースは、もう身震いするほど可愛い。
エエとこのお嬢様感が半端ない。
「まあ嬉しいわ!私なんて大したこと何もしてないのに、わざわざ?
私、ちょうど一休みしようかと思っておりましたのよ。良かったらご一緒にティータイムにお付き合い頂けないかしら?」
「宜しいのですか?ええ、私で良ければ喜んで!」
くうぅ、笑顔が殺人的に可愛いよちくしょう。
写メが撮れないのが心底悔しい。
いや、でも自然に身近にいられる絶好の機会だし、何とかもっと仲良くならねば。
私はフェルナンドに笑顔を向け、
「こんなに物が雑多にあるところにご案内するなんてフェルナンドも慌て者なんだから。
悪いけど、お茶の用意をお願いできるかしら?ケーキを持ってきて下さったそうなのでカットして一緒にお願いね」
(意訳:お前何さらしとんねん。危うく侯爵家の名を地に落とす所やろがコラ。ここは平常心よろ。分かったらとっとと飲み物でも持って来い、気が利かねえな)
「──かしこまりました」
フェルナンドが頭を下げた時に、軽く親指をぐっ、と上げたので真意は伝わったのだろう。
ジジも、
「私もお手伝いして参りますね!」
と消えていった。
* * * * *
紅茶とカットされたフルーツタルトをガーデンテーブルにセットすると、フェルナンドとジジは「ごゆっくり」と消えていった。
いきなり2人にしないでよ。
緊張するじゃないのよ。
「本当に美味しそうね。いただいても宜しいかしら?
ミーシャもどうぞ」
「ええ!是非。ありがとうございます」
爽やかな風がそよそよと髪をなぶる、穏やかな日射しのもと、ドレスコードが【なのだ】の私と、【ええとこのお嬢様】なミーシャがケーキをつつき紅茶を飲むという、かつてないほどの異種格闘技戦が幕を上げた。
私が少女の見た目でなければ、援助交際を持ちかけるどスケベなオッサンと、母親の病気の薬代欲しさに泣く泣く体を売り物にしようとする薄幸の美少女というシチュエーションである。
しかしあくまでも私は侯爵令嬢。
なのだモードでも普段と変わらない日常であるつもりで、淑やかで高貴な佇まいを漂わせなければならない。
「顔の腫れは引いたようね。本当に良かったわ」
私はホッとしてミーシャの顔を見つめた。
陶器のようなニキビ1つない4Kテレビ仕様のとぅるっとぅるの肌を見て、美少女は顔に毛穴が存在しないのねと感心する。
「ルシア様のお蔭でございますわ。……その、ご存知かと思いますけれど、私はその、平民育ちでして、母が亡くなって、最近伯爵家の養女になりましたもので、貴族の皆様の常識や当たり前のルールのような物が把握仕切れておりません。
知らず知らず失礼な振る舞いをしていた可能性もございますので、もしかしたら後日、助けて下さったルシア様のご迷惑になるのでは、と心配もしているのです」
申し訳なさそうな八の字眉毛も美しいとか。
神様も罪作りだわ。チートの過剰摂取じゃないの。
人間は平等ではあるけど公平ではないのねぇ、と改めて感じながら、
「気にしなくて宜しいのよ。私も少々変人だと周りには思われてるから、2つや3つ悪い評判が立ってもびくともしないのよ」
少々じゃないけれど。
言いながらも、それはそれで問題かと反省する。
仲良くなろうとしているのに、私がお近づきになりたくないタイプの人間だとアピールするのは如何なものだろうか。
「いえ、ルシア様がとても楽しそうな方だと以前より父や母から聞いて憧れておりました。
仲良くして頂ければいいなあ、と」
私はパッと顔を上げて身を乗り出した。
「え?あの、本当に、仲良くして下さる?
昨夜お会いしたばかりだけど、ミーシャとお友だちになりたいと私も思っていたの」
憧れのスターに『実はお前の事を憎からず思っていたんだ』と言われたようなものである。
興奮で鼻息が荒くなっているかも知れない。
「本当ですか?うわぁ、嬉しいわ!!これからも是非よろしくお願いします!」
ミーシャが私の手をぎゅう、っと握ってくれて、私のテンションも爆上がりである。
無理矢理仲良くしてもらおうと考えていたのに、あちらから友だちになりたいと言ってくれるなんて。
私の脳内では、トゥルーエンドの時にだけ流れるゲームのテーマソング『ときめきファイナルアンサー』がフルオーケストラで流れている。
ときめき~♪ときめき~♪
貴方と~恋のファ・イ・ナ・ル・アンサー♪
ずっと私の側にいて~♪
いけない。危うく放心状態が長引いてドン引きされるところだったわ。不思議そうな顔でミーシャが見ていたのでヒヤリとした。
ふっ、と目を逸らすと、トロロが日向ぼっこに出て来ていて、芝生で陸揚げマグロのように横たわっていた。
「まあ、可愛い!ルシア様のお宅のネコちゃんですか?」
私の視線に気がつき、同じ方向を見たミーシャが弾んだ声を上げた。
「ええ、トロロと言うの。変わった名前でしょう?」
「……トロロ、ですか?」
何故かこちらを見たミーシャの瞳に、先程とは違う鋭さを感じて、私は驚いていた。
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