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「──ミーシャ・カルナレン嬢と言えば、確かカルナレン伯爵家に昨年養女に入られたと聞いているが」   「左様でございます。叔母のところとは言え、平民上がりの私にルシア様は大変優しくして頂きまして……」   「とても気が合いましたのよ」   「……そうか。それは良かった」      シェーン様は、相変わらず眉間にシワはあるが、目付きはさほど険しくもなく、モグモグとクッキーを頬張りコーヒーを飲んでいる。    普段は甘いのは殆ど食べないが、たまに甘いものを欲しがるので、砂糖を多めにしてみたが、無表情Bになっているので気に入ってくれたみたいだわ。やはり疲れた時には甘いものよね。    私はホッとした。      前世でも余り料理やお菓子を作るのは得意ではなかったが、クッキーとパンケーキならギリギリ及第点、  それほど大きな失敗もなく作れる。  材料を混ぜて焼くだけだからだ。    きっと誰でも出来るモノだけど、筋肉と仲良くし過ぎたためか、どうも繊細な作業を必要とする料理関係は、私には向いていないようだった。    まあこれでも侯爵家のご令嬢なので、料理など作る必要はないしそんな機会もまずないのではあるが、形だけでも婚約者の立場なので、何もしないのも気が引ける。    たった2つとは言え、自分が作れるものがあったのは幸いである。   「それでですねシェーン様、私反省しましたの」   「……ん?何をだ」   「今まで屋敷に引きこもってばかりで、社交を怠っていたことをですわ。  ミーシャもデビューしたばかりで友人も少ないですし、私が一緒に居ることで、交友関係を拡げる手助けが出来ればと思いますのよ」   「……ルシアが、か?」    その顔は、明らかに不安そうだ。  シェーン様、大丈夫です。私が一番不安です。  だがそんな姿は見せられない。   「ええ!私も17ですし、もうすぐ成人。  もっと外に目を向けて、己の視野を広げねば、とミーシャと話をする内に考えを改めましたの」   「……あー、うん。それは良い、事だと思うんだが。  それは、僕ともっと色々な誘いに参加すると言う事でいいのか?」   「……いえ!まずはミーシャとあちこちのお茶会などで、他のご令嬢と親睦を深めるところからですわ。  何しろ私、大工仕事や大道芸、護身術や運動などという、余り人と触れ合わないシャイでストイックな世界で生きておりましたでしょう?」   「うん、まあそれをシャイでストイックな世界と呼ぶかは人それぞれだと思うが」   「それはそれでとても楽しいのですが、お陰ですっかり他人と接するのが苦手になってしまっておりました。  ですが、ミーシャがいれば私も少しずつ変われるような気がするのです!」   「そ、そうか」   「ご安心下さいませシェーン様。もし私が何かやらかしたとしても、全て私個人の責任。すぱっと遠慮なく婚約破棄をして頂ければよろしいのです」   「しーなーいー、と何度言えば分かるんだお前は」    私は分かってる、と自分の胸をぽんぽんと叩いた。   「シェーン様は義理堅い御方である事は私も存じておりますわ。政略結婚として前々から決まっているものを簡単におろそかには出来ないお優しい御方である事も。  私ももう少し対外的に分かりやすくアピールすべきでしたわ。シェーン様が婚約破棄しやすいよう、更には人の噂に立ちやすいよう、個性の部分を積極的に周りに押し出して行くべきだったのです!」   「……落ち着けルシア」   「落ち着いておりますわ。大丈夫です、泥を被るのは私独りでシェーン様にご迷惑はかけません。  あんな令嬢では婚約破棄もやむ無し、と言われるべく前向きに精進して参りますのでご安心下さい」   「……だから待てルシア」   「それではお仕事の邪魔をして申し訳ありません。これからミーシャと町に服を見に参りますので、本日はこれで失礼致しますわ」    私はミーシャと頭を下げると、シェーン様の執務室をあとにした。      社交は本当に面倒だが、私が未来の王妃に相応しくないと示せる絶好のチャンスでもある。    ミーシャはシェーン様との関係は現状維持でと言っていたが、考えてみればこんなハイスペックな方を長く縛りつけておくのは国の損失だ。    私だって妬まれて嫌がらせをされる事も、後ろ指を指されるのも気持ちいいものではない。  それにいくら流れが変わっていたとしても、いつ大筋の流れに戻るかも知れないのだ。    やはり婚約破棄はお互いにWINWINである。      ──ああ、なんだか未来は明るいわ。    ミーシャがいてくれると全て上手く進みそうな、そんな気がして私の心は今までになく晴れやかだった。          
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