【18】

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【ミーシャ視点】    前世の私、門倉(かどくら)みずきは、自分で言うのも何だが、正直最低な女であったと思う。      お互いの愛人に夢中になっている両親。    良く言えば放任主義、悪く言えば無関心な家庭で育った私は、当然の事ながら【愛情】というのは最初は甘い砂糖なのかも知れないが、いずれ溶けてなくなるモノであり、だから両親は別のまだ溶けてない愛を家族以外に求めるのだと理解した。    私は既に愛情が溶けて消えてしまった子だったのだろう。共働きの両親は常に夜遅く、休みは「社内旅行」だの「女友達との同窓会・旅行」という名目で、不在の間の食事代を渡される時と、その時に交わす最低限の会話だけが親子としての繋がりだった。    高校に入ってからは、早く家を出たくてバイトに勤しみ、貯金をした。  バイト先のファミレスの2つ上の先輩と付き合うようになり、16でセックスをした。    何となく肌を重ねている時は少し満たされた気分で心地良かったので、好きなのかとも思っていたが、たまたま独りで休みに買い物をしてる時にナンパされた男とも寝てみたら、その男でも満たされた気分になったので、ああ別に優しく抱いてくれるなら誰でもいいのか、と納得した。    そして、浮気をした事で彼氏がただ稚拙で己が射精すればいいという雑な人間だと言うのが分かり別れた。    様々なバイト先で知り合った男と寝てみたが、やはり同世代の男は最初はいいが、その後は自分本位のセックスをするばかりで、かなり年上の男の方が自分に合ってる事を学んだ。      高校を出てすぐ家を出て、本屋の一般事務として働くようになった。      両親は「そうか」と言うだけで特に反対もせず、家電品を買うときの足しにしろと10万円を渡しただけだった。どこに引っ越すのかすら聞かなかったので、こちらも教えなかった。    それから5年は携帯の番号は変えなかったが、1度も親から電話が来る事もなく、私は番号を変えた。      陽咲(ひなた)は、私が入社して3年後、専門卒でうちの会社に入社し、私が仕事を教える事になった。    大人しくて平和そうなのんびりした子だったが、仕事は真面目で丁寧だった。    マンガや小説、ゲームが好きで、いつも昼休みには面白かった本の話やゲームの話をしてくれた。    私はその頃出版社の営業マンだった14歳年上の男と付き合うようになっていて、精神的に安定していたので、興味のない話でも穏やかな気持ちで聞けたのだ。    ……まあ興味のある事など何もなかったのだが。    多分、面倒だからと女友達を作らなかったせいもあるし、陽咲の持つ柔らかい空気が心地よかったのもあったのだろう。    デートもない週末には時々遊びに行くようになり、毎日少しずつ新しい知識が入ってきて楽しくなってきたのはその頃からだった。    『溺愛!ファイナルアンサー』も、陽咲が嬉しそうに昼休みにスマホを見せて、   「これ今どはまりしてるゲームなの!みずきちゃんもやってみて。みずきちゃんの好きな年上の男の人もいるからね」    と勧めて来たから始めてみたのだ。    思った以上に話が良く出来ていて、どのキャラクターも恋愛モードになるとドロドロで甘々な所が特に気に入った。  あの武骨なアクセルでさえも、恋に落ちると、   「お前と会わないと1日が終わった気がしない」 「だが周りの男に可愛い姿を見られたくない」    などと甘い言葉を吐くのである。  なるほど、恋愛ゲームと言うのはこういうものなのかと感心した。    そして、こんな面白いゲームを教えてくれた陽咲に何か御礼をしたいと思っていたら、あのゲームの2.5次元の舞台がある事を知ったのだ。  知ったのが遅く、もう地方公演しか残っていなかったが、これはいいと思った。    かなり人気だったようでチケットを取るのは苦労したが、    「取れたから一緒に行かない?」    と誘った時の嬉しそうな顔を見て、珍しく自分が良いことをしたような気持ちになった。    せっかくだから、新幹線じゃなく飛行機で早めに行って観光でもしようよ、という話で盛り上がった。        そしてあの飛行機事故の日。      私も陽咲もワクワクした気持ちで飛行機に乗り込んだのに、たった1時間のフライトで堕ちるとは夢にも思わなかった。    右翼のエンジン部分からブオン、と火が上がったと思ったら、飛行機が驚くほど揺れ始めた。  上からバラバラバラっと酸素マスクみたいなものが落ちてきて、機内アナウンスで装着を促された。   「みずきちゃん……怖い」    マスクを付けながら私を見た陽咲に、   「大丈夫だよきっと。どっか海とか近くの空港に不時着するんだよ」    と自分の恐怖を押さえつけて笑った。    結局、不時着するというより操作不能になり山に突っ込んだのだったが。    もうおしまいか、と思った瞬間、陽咲が私の上に覆い被さってきて、そのまま落下の衝撃で意識が飛んだ。       「……うぅ……」      目を開けると、大木に囲まれた森の中のようだった。  黒煙があちこちで上がり、呻き声が聞こえる。    ……助かったの?    手足は力を入れても動かせない。神経をやられたのかも知れない。でも手は握られている感触はある。    陽咲……陽咲か!?   「陽咲……」    何とか少しだけ首を動かして握られている手の方を見た。陽咲はそこにいた。  でも背中に鉄の大きなプレートが刺さっていて、ピクリともしない。なのに、陽咲の顔は満足げに見えた。   「陽咲っ……陽咲っ……」    思いきり叫びたいのに、囁くような声しか出ない。    ああ。      私のようなつまらない人間に関わったせいで、陽咲は死んだ。私がチケットを取らなければ。私が飛行機で行って観光でもしようなんて言わなければ。私が。私が。    ごめん、ごめんね陽咲。    どんどん体温が失われていく陽咲の手を感じながら、自分も次第にまとまりのある考えが出来なくなっていく。痛みを感じないのは幸いだったが、恐らく致命的な損傷があるのだろう。寒くて仕方ない。     「勝手に……先に、死んでんじゃない、わよ……」      私の意識はそこまでだった。          ー ー ー ー ー ー ー ー        このゲームと同じフラワーガーデン王国に転生したと気づいたのは、病弱だった母が亡くなり、母の姉で貴族に嫁いでいた伯母に引き取られた後の事だった。    余りの生活環境の違いに熱を出して寝込んでいる時に、夢の中でずっと前世の事が映画のように流れていた。私がヒロインとして転生していた事を知った時には、なんで私なのだ、陽咲の方がよほどヒロインに向いているじゃないかと呆れた。    このゲームの世界が大好きで、バカな友人に舞台に誘われホイホイついてきて、飛行機が堕ちるのが怖いと怯えてたのに、最後に友人を咄嗟に庇ってしまうようなお人好しの大馬鹿者である。    私のような死神みたいな女がヒロインて。      だが、と熱が下がったクリアな状態で考えた。    私が転生したのだから、陽咲だって転生した可能性もあるんじゃないか。    良くあるモブとか、ヒロイン以外の誰かに転生すると言うのはあり得る。    捜そう。私は決めた。    あれだけ好きだったゲームなのだ。  転生してない筈がない。  例えモブだとしても、ゲームの攻略対象が見えるところ、この王都に住んでいるハズだ。      絶対に見つけ出して、彼女が幸せになれることは何でもやろう。ヒロインだとかどうでもいい。  陽咲が笑顔で生きていけるよう全力を尽くそう。      私は、今度こそ陽咲を失いたくない。    私の、たった1人の大切な友人なのだ。              
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