【19】

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【ミーシャ視点】    私は、淑女としての教育を受けながらも、休みの度に町に戻った。シリルも一緒だった。    シリルは7歳上の少しキツい印象を受けるメイドで、初めはちょっと怖かったのだが、実は世話好きの温かい人柄の女性と言うのが分かり、直ぐに打ち解け信頼できる人のリストに入った。  口も固い。    私の、    「夢で生涯の親友になる子に会ったので、本当に実在するか探してみたい」    などという荒唐無稽な話を、   「未來予知みたいなものですかしら?ちょっとワクワクしますわねえ!」    と熱にうなされたせいだとバカにする事もなく、一緒になって町に付き合ってくれた。      しかし、これは思っていたより簡単な事ではなかった。何しろ見た目からして違うのだ。パッと見て陽咲だと分かると思ったが、そんなうまい話はなかった。    顔で分からない以上、話をしてみないと前世の記憶があるかも分からないが、気が触れていると思われるような事を親しくもない人間に言う訳がない。    以前付き合いのあった友だちは既に違うと判明した。    軽くゲームのキャラクターについて触れてみても「誰ソレ?」という反応だったからだ。      ──これはまずデビューして、貴族の令嬢と親しくなってそちらから攻めていくのが得策かも知れない。    そんな思いでデビューを心待ちにしていた。        実際にデビューの舞台となるダンスパーティーでシェーン王子と踊ったが、やはりリアルで存在するんだなという感想のみ。    確かにメインキャラだけあって顔はいいと思うが、年が若すぎるのと既に婚約者がいる事、そして不機嫌そうな顔つきと眼光鋭い眼差しがタイプではない。  ゲームでも1回クリアしただけだ。    くまなく会場に目を走らせたが、私のお気に入りのアクセル様は来ていなかった。残念。    確かゲームだとこの後悪役令嬢のルシア・バーネットが取り巻きと一緒に苛めに来るハズだ。    10代の小娘のやることなどたかが知れてるが、まあこの先どうなるか分からないにせよ、多分ヒロインの役どころとしては受けといた方がいいんだろうな。    自分も現在はピチピチの17歳だという事を忘れて会場をうろつきつつ、これから探りを入れるためにデビューした子たちに愛想よく笑顔を振りまいておいた。   「ちょっと、貴女。ミーシャ・カルナレンと言ったかしら?話があるので来て下さる?」    声を掛けられ振り向くと、ゲームで見たドリルロールの取り巻きの1人だった。    おほー。来た来たお呼び出しー。    ゲームっぽい展開に少しウキウキしながらも、大人しくついて行った。    案の定、3人組が生意気だとか平民上がりがとか文句を言ってきた。    正直テンプレ過ぎて、もっとオリジナリティーは出ないもんかと鼻でもほじりたくなったが、肝心のルシア・バーネットが居ない。    高笑いして見てる筈なんだけどなあ、と思って適当に怯えた振りをしていたらいきなり平手打ちされた。      ……テメエ、やんのかコラ?      お芝居ごっこは面白かったが、痛いのはゴメンだ。  腹が立って正当防衛でやり返してやろうかと思った時に、刺々しい声がした。   「こんな所で何をしてらっしゃるのかしら騒々しい」    早足でやってきたのは、何と悪役令嬢、ルシア・バーネットである。   (ちょっときつめだけど、やっぱり婚約者になるだけあって美人だわねえ。スタイルも抜群じゃない)    コルセットのないこの国では、寸胴体型はもろに出る。ドリルロールも太ってはいないが赤ちゃん体型だ。  私も必死にストレッチなどをして腰のクビレは確保しているが、彼女は私より背が10センチ以上は高いので、脚も長いし、バランスがいい。    このスペックならヒロインを苛めたくなってもしょうがないよなぁと思ってると、何と私を庇ってドリルロールを叱責しているではないか。    何でだ、と疑問符が頭で飛び交う中、今度はシェーン王子までやって来た。    聞けば足首を痛めていたらしい。  痛みがぶり返してうずくまるのをシェーン王子が心配して連れていった。    足……とてもそんな風には見えなかったが、理不尽な行いを見て我慢が出来ずに痛みを忘れて駆けつけてくれたらしい。      悪役令嬢が善人令嬢になってる。      ここは本当にあのゲームの世界かと思ったが、似ているだけの平行世界とかなのだろうか?  ……分からない。    そうすると、私もヒロインスペックだけどヒロインじゃない?    頭が混乱してきたので私も帰る事にしたが、肝心の助けて貰った御礼をするのを忘れていた。    ヒロインと悪役……いや今は善人令嬢か?……が絡むのは余りよろしくない気はするが、前世で社会人経験者だった人間として筋は通さねばなるまい。      私は翌日、ケーキを作ってお詫びと御礼をしに行った。        執事に案内されて向かった先には、ルシアがいた。    木槌を持って鳥の巣箱のようなものに釘を打っていたルシアは、前世で「なーのだー」とか言って走り回っていたアニメのキャラのような作業着であった。    呆然としていると、明らかにまずい所を見られたと言う顔を一瞬したが、そのまま何でもないようにお茶に誘ってきたので有り難くご一緒させて頂いた。    貴族の令嬢も毛色の違う人がいるものね、と思ったが、かえって気取りがなくて私には好ましかった。  貴族の世界はどうにも堅苦しくて時々肩が凝る。    この世界のルシアは仲良くなれそうだ。    気が緩んだ私は、周りに目が向くようになり、むちむちしたタヌキのような猫がトロロという名前だと聞いて、話す予定もなかった夢の話をしてしまった。    せっかく仲良くなれると思ったのに、頭のおかしい女だと思われる、と慌てて誤魔化そうとしたら、ルシアが目を見開いて、   「……溺愛!ファイナルアンサーってご存知?」    とポツリと呟いた。    まさか、陽咲が悪役令嬢に転生していたとは。    私は号泣しながら、再び巡り会えた奇跡を神に感謝した。        ◇  ◇  ◇        しかし、状況を把握すればするほど、どうもゲームの世界と方向性が異なっている気がする。    ルシアは陽咲の中身のせいで全く悪役令嬢になってないし、シェーン王子はルシアにベタ惚れである。    だが、ルシアは断罪回避で婚約破棄をしたがっているし、ベースが恋愛に対して奥手と言うかポンコツなので、恐らくシェーン王子が本気で結婚したがっていると思ってない。    政略結婚だし、義理堅い性格で昔からの約束事を断れないから婚約破棄をしてくれないのだと思っているし、シェーン王子はヒロイン(つまり私だ)にフォーリンラブして自分は冤罪着せられて平民落ちするか、私が別のとくっつくと自分が殺されるルートになると思っている。    だから生き延びるために体を鍛えていたり、誰かと恋に落ちて断罪される前にとっとと婚約破棄をしてもらうべく、変人令嬢として色んな趣味に手を出したりして評判を落とすよう動いているらしい。    ポンコツなだけあって思考回路が特殊だが、まあミーシャが私でなかったら、シェーン王子に惚れてしまう展開もなきにしもあらずだった訳で、必ずしも方向性は間違ってはいない。      ──ただ、どう見てもあのシェーン王子が婚約破棄をするとは思えない。    あのコワモテ王子がルシアを見ている眼差しは、溶けたアイスクリームのようにでろんでろんなのだが、ルシアは無表情AとかBとかCとかでご機嫌度を把握しているのみである。    きちんと思いを伝えきれてないシェーン王子もヘタレとしか言い様がない。確か22だったか。  いいトシこいて童貞でもあるまいに。  王族なんだから閨の指南とか口説き文句とか学んでるだろうに。    この子に『想いを察しろ』と言うのは小学生に大学入試を受けろと言ってるのと同じなのだ。  つまりは無理ゲーである。    ルシアが他の誰かとくっつきたいのならどんな努力も惜しまないのだが、今はそれどころじゃない、19歳を無事に迎えたい、天寿を全うしたいと言うばかりだ。  定年退職したジジババのようである。    でも、シェーン王子が嫌いなのかと貶してみれば、  「ああ見えて実は思いやりがあって優しい」    「シェーン様は見た目の無表情とひんやりした眼差しで損をしているが実は気遣いの人なのだ」    などと擁護する。  なんだかんだ言って、結構好きなんじゃないのよ。      ふーん、なるほどね。      私はこのポンコツとシェーン王子を両思い同士としてくっつければいいのか。            ……いやー、ちょっと前途多難だわ。                
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