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【2】
【シェーン視点】
我が国フラワーガーデン王国は、至極温暖で四季を通して天候が大荒れになる事も滅多にない。
そのため、農業や漁業、酪農も盛んで国民一人一人の勤労意欲も高い。
生活も安定しており、近隣諸国に比べたらかなり恵まれていると言える。
武人であり賢王と呼ばれる厳しい父と、僕が17の時……もう3年前になるが、心臓の病で亡くなってしまった優しく美しかった母から僕は生まれた。
母譲りの顔は女の子みたいと小さな頃はよくからかわれていたのがとても嫌だった。
父からは黒い瞳、ダークブラウンのゆるいクセ毛を譲り受け、なよなよしてると舐められないよう剣の鍛練や運動に励んだお陰で、15歳になった頃には170センチ越えるほどまで背も伸び、体も筋力が付いて誰も女みたいとからかう人間はいなくなっていた。
僕を生んだ後から徐々に母は体調を崩したため、兄弟も姉妹もおらず、跡継ぎへの不安なのか15の時に家柄と年の合うバーネット侯爵の下の令嬢であるルシアと婚約する事になった。
年が合うと言っても5歳も下、まだ10歳だ。
自分から見たらまだ子供である。
お茶会で初めて顔合わせをした時には、プラチナブロンドの長い髪がサラサラとして大人しそうな可愛らしい子だな、程度で殆ど印象には残らなかったのだが、その婚約者が飛んだ帽子を掴もうとして池に転落した時には流石に慌てた。
「──おいアクセルッ!ルシアが!」
池と呼んではいるが、小さな湖といってもよい大きさでかなりの深さもある。
婚約者と初めて会った日が命日なんて縁起が悪いにも程がある。
本当は自分が飛び込むべきなのは分かっていたが、恥ずかしい事にその時はまだ泳ぎが苦手だったのだ。
助けるつもりが共に溺れては本末転倒である。
護衛兼友人でもあるアクセル・カーマインに助けを求めるつもりで振り返ると、既にアクセルは池に飛び込んだ後だった。
ホッとしたと同時に、己の無力さを恥じた。
ルシアは溺れる寸前で助かったものの、冷え込みが厳しくなり始めた頃で水も冷たく、戻った夜から肺炎を起こしたとバーネット家から連絡が来た。
自分が見舞いに行けば侯爵家に気を遣わせる。
ルシアの看病に専念して貰いたかったので、果物やお菓子、匂いのキツくない花などを贈り治癒を祈っていた。
1週間後、無事に快癒へ向かっていると知らせが来た時にはアクセルを連れて見舞いに行った。
まだ下がって来てはいても熱が高く常時うつらうつらしている小さなルシアを見て、そっと手を握る。小さな手から伝わる熱に、ぐっと胸が締め付けられるような気持ちになった。
これからは自分が彼女を守らなくては。
今以上にもっと体を鍛え、春になったら泳ぎを特訓し、ルシアが成人する頃には後ろで夫として相応しく頼りになる人間になりたい。未来の王としても。
そう誓ったのだったが。
□■□■□■□■□■□■
「シェーン様、ルシアはようやく木登りが出来るようになりました!」
「……そ、そうか。だが危ないし令嬢としては少々はしたないんじゃないかな」
「そうですよね!シェーン様にご迷惑がかかってはいけませんので、婚約を破棄して頂けませんか?」
「……いやちょっと待て」
元気になってからのルシアは、やたらと勉強熱心になり、お妃教育もやってはいるようなのだが、それ以外にも熱心に運動をしたり、領地の畑を耕したり料理を始めたりと、驚くほど多方面に、熱心に取り組み始めた。
「何故急に?」
と聞いてみたが、
「いのち大事に、という言葉があります。
1度死にかけた訳ですから、またいつ死ぬような事があるか分かりません。悔いのないよう興味を持ったモノは全部やってみたいのです。王妃になればそんなワガママは言えませんよね?」
「──なるほど」
前に初めて少し話した時よりずっと大人びて落ち着いた発言をするようになったルシアは、まるで自分より年上のようである。
見た目はちびっ子なのだが。
「だが、婚約と言うのはそう簡単には破棄できないものなのだ」
「左様でございますか……木登り程度じゃまだまだか……」
「ん?」
「いえ何でもありません。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。以後気を付けます」
ぺこり、と頭を下げたルシアだったが、その後も畑に通い鍬をふるっていたり、川に男の子のようなズボン姿で釣りに出ては、
「シェーン様、大漁でしたー!これどうぞー。バター焼きが美味しいと思います。
でも釣りをするような令嬢はシェーン様に相応しくないと思いますので、ご迷惑がかかる前に婚約破棄して頂けませんか?」
とマスをバケツに入れて王宮にやって来たりする。
何度か経験してみて分かったが、ルシアは婚約破棄をして欲しいらしい。
明らかに淑女にあるまじき振る舞いを狙ってしている気がする。でも僕が嫌いという訳でもなさそうだ。
前にも聞いたように、王宮のような堅苦しい生活がイヤなのだろう。
僕だってそんな生活が好きな訳じゃない。
だが、段々とルシアが今度は何をやりだすのかと思うと楽しくなってきて、婚約破棄を持ち出す度に却下することにした。
3年もすると、ルシアは護身術を習いだしたり、大工仕事にも手を付けだした。
「シェーン様!これを私1人で作りました。宜しければ持ち帰って使って下さい!」
とご機嫌な様子でずるずると自室からサイドテーブルを引きずってきた時には驚いた。
ちゃんとヤスリもかけてニスまで塗ってあり、とても15かそこらの娘が作ったとは思えない出来栄えである。
「すごいな……これをルシア1人で?」
僕は感心して眺めたが、申し訳なさそうな顔をしたルシアが、
「……すみません。ニス塗りは手が痒くなってしまって、フェルナンドに少し手伝って貰いました」
「……フェルナンドって誰だい?」
「ひゅぇっっ?あの、うちの執事ですが……」
「……そうか。そうだったな」
言われてみれば、ルシアの屋敷に来る時には何度か顔も合わせていた。
突如沸き上がった嫉妬のような感情に、険しい顔をしていたのだろう、ルシアが怯えたような顔を見せた。
「ごめんね。陽射しが当たって眩しくて」
「ああ!それは気づかず大変失礼致しました!只今カーテンを」
パタパタとカーテンを引きに向かうルシアを見ながら、僕は溜め息をついた。
もう暫く楽しませて貰ったら、自由に過ごせるように婚約を破棄してあげるつもりだったのに、思った以上に僕は彼女が好きだったらしい。
(ほんと、ごめんね)
婚約破棄はしてあげられそうにないな、ルシア。
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