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【21】
「ジェイソン、貴方も大きくなったら、可愛いレディとデートをするようになるのよ?だからね、その時の為にはレディの扱い方っていうのを学ぶ必要があるの」
「でーとってなに?」
「デートって言うのはね、こう何と言うか、胸がドキドキして息が苦しくなるような……」
「びょーきなの?いたいいたいの?」
「違うわ、ワクワクとか楽しいのもあるのよ!
でもね、レディに嫌われたらその楽しい気分がなくなるの。だから、ジェントルマンでいないとダメよ?」
「じぇんとるまーん?」
「そうよ。馬車から降りる時にはさっと自分が先に降りてレディが転ばないように手を差し出すの」
「ころんだらいたいいたいね。わかった」
「誉め言葉も忘れたらいけないわよ?
『今日もキレイだね』とか『可愛いね』とか。出し惜しみしたら好きな子も悲しいでしょう?」
「かなしいのはオヤツをおとしたときと、ごはんにタマネギがあったとき」
「……まあ今はそんな感じでいいわ。
悲しいのは誰だって嫌よね?
ジェイソンがモテモテの洗練された男性になるようにルシアおばさまが協力してあげるからね」
「あい。ありがとござます!」
「さ、じゃあ帰る前に鳥さんの様子でも見に行きましょうか」
「あい!とーりさん、とーりさん♪」
「……ほう。僕の芝居の誘いは『社交続きで肉体的、精神的疲労が取れず』とやらで断っておいて、甥っ子と遊ぶ元気はあるんだなルシア」
私が可愛い甥っ子との楽しいひとときで癒されていた午後。背後から無表情Aだろうテノールボイスが聞こえて、私は思わずビクッと肩を揺らし振り返った。
「──まあシェーン様!どうなさったのですかいきなり訪問されるなんて。驚きましたわ」
フェルナンドめ、前振りもなく通しおって。
「婚約者が心身ともに疲れていると言うからちょっと見舞いに来たんだが、随分と元気そうだな」
まあ元から体は丈夫だけれども、精神的な疲労は本当なのだ。
2ヶ月ほど前から、ミーシャとあちこちのお茶会だの花見の会だの、今までほったらかしにしていた社交をこなしつつ仲良しアピールをしまくったお蔭で、
「ルシア様とミーシャ様はマブダチ」
というのをバッチリ周囲に植え付けたのはいいのだが、何しろ今までぼっちで家で過ごすのが当たり前だった私は、慣れない付き合いで人疲れしてしまい、神経をすり減らして知恵熱まで出てしまったので、少し休憩をする事にしたのだ。
「それについては詳しくお話ししますので、ちょっとだけジェイソンと鳥を見に林まで行ってきても宜しいででしょうか?
迎えが来る前に鳥の巣箱を見せる約束ですの」
「ああ。僕も行く」
逃げ出すとでも思っているのか一緒についてきた。
まあいいけれど。やましいことはしてないし。
「ほら!ルシアおばさまが作ったのよ?
あれなら雨でも大丈夫よ」
「わあ!おうちだ!きれーね」
庭師に取り付けてもらった巣箱を見て興奮するジェイソンを見て、私も作った甲斐があると嬉しかった。
ちょうど母鳥がエサを加えて戻って来たのも見られて、ジェイソンは大満足で迎えに来た姉様に連れられて帰って行った。
中庭に戻って来た私とシェーン様は、ガーデンテーブルに向かい合わせに座った。
ジジが運んできた紅茶を飲みながら、私は事情を説明する。
「そうか。大変だったな──熱はもう下がったのか?」
無表情AからBに移行したのでお怒りは解けたような気がする。だからその眉間のシワを伸ばして欲しい。
「ええ2日程薬を飲んで寝ておりましたらすっかり。
でも、社交というのは本当に体力を使いますのね。
経験してみて実感しましたわ。私にはとてもじゃありませんがずっと続けられる気がしませんの。ですからシェーン様──」
「却下だ。別に社交も最低限でいいし、なんならずっと王宮から出なくてもいい。ルシアを周囲に晒すのは落ち着かないしむしろ好都合だ」
……ああ、やらかし令嬢ですしねぇ。
でもそんなに心配なら、さっさと婚約破棄してくれりゃいいのに。全く融通が利かないというか生真面目が過ぎると言うか。
古くからある名門侯爵家といっても、たまたま長生きが多かっただけだし、領地に恵まれてて不正をするほどお金に困ってなかったから罪人も出ておらず、王族の信頼が厚いってだけな気がするのよね。
あー、あと父様がそういう姑息な手段とかが嫌いなのもあるかしらね。仕事もちゃんとしてて領民にも慕われてるし。母様も気軽に視察に出ては橋の修繕とか整地とかやってるものね。
貴族の責任をちゃんと果たしている自慢の両親だ。
姉様も優しいしいじめられた記憶もない。
なんで私のような悪役令嬢もどきが育ったのかしら。
ゲームでは両親の事なんて出てなかったから分からなかったけど、ひねくれる要素がないのよねえ。
本当のルシアじゃないから何とも言えないけど。
コンプレックス持つほど残念な顔でもないし、スタイルも鍛えてるせいか悪くはない。……よね?
「……あの、シェーン様」
私はシェーン様を見た。
「……何だ」
「私は、男性から見て、その、どうでしょうか?」
「ん?どうでしょうかとは?」
「こう、見た目的にはそんな悪くはないですよね?ギリギリオッケーな感じですよね?まあ少し鍛えすぎた感はありますけど、まあそこそこイケてますよね?」
「いきなり何を」
「いえ、殿方の好みもあるでしょうけど、少なくとも、告白して顔が原因で振られるって事はないといいなと」
「(死ぬほど可愛いし近くにいると理性が紙っぺらになるほどでとにかく可愛い)……悪くないと思う」
「そうですか。良かったですわ。まあつり目なのはしょうがないし、キツく見られても年取ればシワでタレ目になるかも知れませんしね」
うん。私の身びいきじゃなくまあまあイケてるのであればオッケー。ミーシャに比べたらあれだけど。
婚約破棄されても、もしかしたら気に入ってくれる人が後々現れるかも知れないわよね。
生き延びた後ずっとぼっちでいるのは流石に寂しいものねー。良かった良かった。
ご機嫌になってふとシェーン様を見たら、何故か無表情Aに落ちてる。え、何で?
「あの……シェーン様、どうされました?
あ、お茶がぬるくなってしまいましたか?今すぐ交換しますね」
ジジを呼ぼうと持ち上げたベルをそのままシェーン様に掴まれた。
「ルシア」
「ひょぇ?はいっ、何でしょうっ?」
「……告白したいヤツがいるから婚約破棄を?」
何だろう。陽射しはあるのにめっちゃ冷える。
「あら、いえものの例えです。女性と言うのはどうしても男性からの目が気になるものですから。
あ、もしかして私が好きな方がいると申し上げたら婚約破棄をして頂け」
「──ない、と何度も言ってるだろうが」
「……っ」
「おい、今舌打ちしたかルシア?」
「まあ……舌打ちなんて淑女にあるまじき事を私が?嫌ですわシェーン様ったら!ほほほほっ」
私は笑って誤魔化しながら、一体どうしたら婚約破棄に前向きになってくれるんだろうか、とドッと疲れが押し寄せるのだった。
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