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【3】
「ジジ……とうとうこの日が来てしまったわね……」
「そうでございますねえ。でも何故17歳になるのがそんなに嫌なんですかルシア様?
……あ、竿引いてます」
「おっ、と」
私は慌てて竿を掴んで立ち上がった。
今日も朝から引きがいい。
社交界デビューして1年。
頑張って着々と築き上げた、
『バーネット家のルシア嬢は余りに破天荒で、家柄人柄はともかく王子の婚約者として相応しくないのでは』
という評判も、シェーン様の耳には入っている筈なのに、何度アタックしても婚約破棄をしてくれない。
釣りキチモードもダメ、日曜大工にハマるお父さんモードもダメ。いきなり霊媒体質になった振りをして、
「守護霊様からのお告げです……この女性を妻にすると貴方に不幸が訪れます」
などと言ってみたが、
「……なるほど。で、どの位の不幸なんだろうか?」
と質問され、
「……ええ、と……モテなくなる、とか?」
まさか深く突っ込まれるとは思ってなかったので、咄嗟に思いつかずにアホみたいな回答をしてしまい、何故か護衛のアクセルさんの肩を震わせるほど笑われてしまった。
「──結婚してからモテても仕方ないだろう。
僕は浮気性ではない。だから却下だ」
シェーン様にも顔を逸らされながら返された。
あれは綿密なシミュレーションを怠った私の失態であった。
もう「却下だ」という台詞を何度聞いた事だろう。
流石に何年も付き合いがあるので、あのどえらく綺麗な顔から無表情で放たれる常時氷点下のような眼差しにも慣れたし、地底から何かが這い出るような迫力あるサラウンドな重低音ボイスにも動揺しなくはなった。
だが、もう足掻いてる間に17歳。
そろそろ伯爵家に引き取られた同い年のヒロイン、ミーシャ・カルナレンが社交界に颯爽とデビューしてくる筈なのだ。
フラワーガーデン王国では女性が16で成人、男性は18で成人となる。
女性は16には社交界にデビューして、適齢期と言われる18までの2年間の間に将来有望とか容姿が好みの殿方をゲットすべく活発に行動するシステムになっている。
ミーシャはカルナレン伯爵家の元平民出身の奥様の妹の娘なのである。
父親を早くに亡くして母親とミーシャで暮らしていたが、病気で母親が亡くなった為引き取られるのだ。
平民育ちなので、淑女として恥ずかしくないよう磨きあげているため1年遅れてのデビューになるのだが、正直あのゲームのヒロインの可愛さたるや尋常ではない。
フワフワのライトブラウンの柔らかそうな髪といい、吸い込まれそうなブルーの瞳、整いまくった目鼻立ち、小柄なクセに出るところは出ているメリハリボディーと、女性として誰もが憧れる人類最強の女子である。
笑うとまた破壊力抜群だ。
キャラクターデザインをしたイラストレーターさんは仲間内では神と呼ばれていた。
みずき……飛行機で一緒に乗っていた親友であり、オタク仲間でもあった友人と、
「このヒロインに迫られて堕ちない男はインポ」
と断定し意気投合した懐かしい記憶が甦った。
飛行機が落ちる時に、咄嗟に隣にいたみずきに覆い被さったが、あれは段々とおデブ体型になり出してコンプレックスを抱えていたコミュ障気味な私と辛抱強く付き合ってくれ、舞台に誘ってくれた彼女への感謝からだ。
あの贅肉がクッション代わりになって助かったのならいいんだけど。
私も去年16で社交界デビューはしたものの、培った評判で殿方どころか女性ですらも遠巻きにされる始末である。
何故かシェーン様がまだ婚約破棄してくれないので、現時点では未来の王妃候補の立場。
男性が近寄らないのはしょうがないが、仲良くなれそうな女友達ぐらいは出来るといいなと思っていたのでかなり凹んだ。
私は『自分がポンコツ』だという事を示したいだけなので、公の場で家自体を貶めるようなマナー違反とか、シェーン様がエスコートするような場で急に反復横飛びを繰り返したり、ゴリラの真似をしてウホウホ胸を叩きながら消えていくなどと言う奇行は行わない。
……まあやれば1発オッケーな気もするが、婚約破棄プラス不敬罪で1発投獄だろう。あちらを立てればこちらが立たずである。
それにあくまでも私自身の命を守りたいだけであって、周りの人間に恥をかかせたい訳ではない。
そしてもういつミーシャが社交界に現れてもおかしくない17歳に、私もなってしまったのだ。
何か真面目すぎるシェーン様が呆れ果て喜んで婚約破棄してくれるようなネタを考えなくては。
「……まあ、色々あるのよこの年頃には」
私は結構な大物のマスを針から外すと、魚籠に放り込んだ。大漁だ今夜はムニエルにして貰おう。
去年から勤めるようになったばかりで、まだ先日16になったばかりのジジは、
「私も来年になったら色々あるんでしょうか?
でもルシア様ぐらい綺麗だったら悩みもなくて済みそうですけれど」
屋敷に戻ろうと釣竿を片付けて、魚籠を下げたジジとてくてくと歩く。
確かに、私は悪役令嬢というモブ以上のキャラ設定をされるだけあって、顔立ちは悪くない。
胸は人並みにあるし、護身術や運動で筋力や反射神経を鍛えているためスタイルも抜群だ。お腹なんか力を入れたら綺麗にシックスパックが出来るほどだ。
これは我ながらやり過ぎだったかと思わないでもないが、筋肉は裏切らないと前世で読んだマンガにも書いてあったから良かろう。
シェーン様がミーシャと結婚する前に婚約破棄してくれたとしても、淑女とは名ばかりの悪評名高い侯爵令嬢に縁談なぞ来るとは思えない。
2つ上の姉のマルチナは、近所の伯爵家の次男坊と恋愛結婚し、既に2歳の男の子がいる子持ちである。
私がシェーン様と婚約していたので、跡取りがいないとぼやく父様に、頑張って何人か生んであげるから1人養子にすればいいじゃない、孫が跡を継ぐならいいでしょう?とコロコロと笑っていた。
だから成長するまで健康で長生きしてくださいな、と初孫を見せに来たついでに励まして帰っていった。
姉に任せておけば我がバーネット家も安泰だ。
甥っ子姪っ子が成人するまで領地の管理でも手伝って、畑を耕したり葡萄酒作ったりしてのんびりひっそり暮らしていきたいものである。
こんな見た目も悪くない侯爵令嬢でも、ミーシャ・カルナレンが現れたらゴミ同然なのだ。
シェーン様も一目惚れするだろう。
あー、でも小さな頃から婚約破棄だ婚約破棄だと騒いでたから、ミーシャが現れたらすぐ婚約破棄して貰えるかも。
そう思うと少し気分が浮上した。
「ルシア様、ですから何度言えば分かるのですか!
作業用パンツとニットシャツだけで釣りに行くなとあれほど……ああほら帽子をかぶって行かないからお顔が日焼けされてるじゃないですかもう!
侯爵令嬢でシェーン様の婚約者だと言うお立場を少しは考えて下さい!
ジジもただ付き添うだけが仕事じゃないだろう」
「申し訳ありませんです」
「ジジは悪くないわよ。反省してるの、ほんとよ」
「そんな棒読みの台詞にこのフェルナンドが騙されるとでも思いますか」
「何事も形からと言うじゃない」
屋敷に戻ったらフェルナンドのお小言が始まって、浮上した気分は一気に下がったのではあるが。
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