【58】

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【58】

 眩しさにうっすら目を開けると、窓から射し込む光は明らかに昼に近いのではないかと思われた。    ものすごく体がだるい。      ……まさか、シェーン様が本当に私の事を愛していてくれたとは夢にも思わなかった。    てっきり政略結婚だから致し方なくこんな淑女の風上にも置けないような女と婚約していたと思っていたのに。まあ主役が現れる前に呆れて貰うように破天荒に見えるように頑張っていたのは私なのだが。    あんな、私の人形まで作って毎日一緒に眠っていると言う事を打ち明けるのは辛かっただろう。    ──確かに無駄に完成度が高い上に、手持ちの服の再現力は恐ろしいほどでドン引きはした。    が、それよりもあれが私への愛情ゆえになのであれば、女として嬉しくない筈がなかった。    まあ正直、下着まで別に製作しなくてもいいのではなかろうかという気持ちは芽生えたが。      あれだけ愛してくれているならば、別のヒロインの誘惑が万が一現れたとしても酷い捨てられ方はしないのでは、いや追放まではないのでは、と吹っ切れた気がして、ついウッカリ大好きだと言ってしまったような気がするし、お酒でぼんやりした頭でもうっすら何か甘えるような言葉を吐いてしまったような気も……いや気のせいだ。    ワイン1杯まるまる飲んだので、眠気があったから夢と現実がごっちゃになったのかも。きっとそうだ。        だが、シェーン様と確実に致してしまったのは間違いない。明け方まで喘がされ最後は意識が飛んだが、あれがメインキャラの絶倫仕様なのだろうか?  それとも男性と言うのはあんなにノンストップで致せるモノなのだろうか?    どちらにせよ、この私の鍛えた体力がなければ、暫く身動きすらままならない状況だった事は確かなので、シェーン様のデフォルトがアレなのであれば、レベルを下げて貰わないと断罪云々以前に体がもたない。        昨日の今日でどうにも顔を合わせづらいのだけど、とりあえずこの真っ裸なのを何とかせねば……と薄目で周りを見渡すと、シェーン様がこちらに背中を向けて、サイドテーブルでカリカリと書き物をしていた。   (休みとは言っていたけれど、やはりお忙しい方だものね……)    と思っていると、   「……なるほど、肩紐はここで調節するのか」    だの、   「ワンピースのサイズから見ると、88・60・85と言うところか……」    という聞き捨て出来ない呟きが聞こえて、慌てて飛び起きた。   「ああルシア、起きたのか? まだゆっくり寝てても良かったのに。疲れさせてしまったからな」    とシェーン様は無表情Dで私に振り返った。    口角が上がって明らかに笑顔に見えるレベル、だと? 何と言うレアモノだ。  美形の笑顔って凶器だわね。  間近でずっと直視したら致命傷だわ。    私は薄目のまま、   「シェーン様、何を書いておられるのですか?」    と尋ねた。   「……これは、あー、大したものではないんだ。覚え書きみたいなもので」   「でしたら見せて頂けますわよね?」   「いや、それは──」   「見せて、頂けますわね?」   「……分かった」    受け取ったノートの表紙には『ルシアノート No.8』と書かれており、最初の方をめくるとジェイソンに作った巣箱が色つきで描いてあり、その際に使った材木屋の社名に担当者の名前、トロロのキャットタワーのデザインまで見事に描かれており、さらにはシェーン様の一言メモみたいなものまでついていた。   【ルシアのデザインセンスが素晴らしい】 【巣箱はもう少しだけ穴を大きめにした方が、餌をくわえた母鳥が入りやすかったように思う】 【ノコギリを購入した店には若い年頃の合う男はいなかったので安全。ただしルシアがオジサン好きだった場合は次回から別の店で】    などまーびっくりするほど細かく書いてある。  自分でも記憶にない『ルシア発言語録』には(どんだけリサーチしてるの)と彼の外見から窺い知れない深い闇が見えた気がした。    私の日々の食事のデータは誰がリークしてるのか分からないが、どうせジジかフェルナンドだろう。    パラパラとめくっていくと最新のページには、   【右胸より左胸のおっぱいを舐めるとより気持ちがいいようだ。可愛い】 【耳も弱い。可愛い】 【花芯から指の第1関節入った辺りの右上と第2関節まで入れた辺りの下方を弄ると声が出てしまうらしい。声がとんでもなくエロ可愛い】    という文字が目に入りカッと頭に血がのぼる。    更には身に付けていたブラジャーやパンティー、ワンピースのデザインまできっちりと書き込まれていたのを見てパタンと閉じ、シェーン様に詰め寄った。   「……シェーン様、何故こんな恐ろしいノートを?」   「──別に恐ろしくはない。ルシアのどんな情報も国の情報と同じ位に大切にしているだけだ」   「私が恐ろしいんです! これではまるでストーカーではありませんかっ」   「……いや、これは7年の努力の結晶なのだ」   「まあ7年も前から? こわっ!」    思わず本音がダダモレしてしまい、シェーン様が傷ついたような顔になる。    ……止めてよ私が悪いみたいじゃない。  私は被害者よ。めっちゃ被害者。  イケメン無罪はフィクションの世界だけよ。   「だがルシアはずっとつれなかったから、せめてルシアの日常的な物事だけでもと……」      確かに婚約破棄のために、シェーン様にはなるべくアホな令嬢としてはじける事に注力していたけども。    いやいや、そうすると私がこのストーカーを育てたとでも? 冤罪よ冤罪!   「破棄して下さいませ」   「それは断る」   「どうしてですか? 私と、そのー、両思いになったのですから不要ではありませんか?」   「ルシアがいつまたド変態な私を避けるようになるか分からない。ルシアの行動パターンは読めない。  これは私の命綱なのだ、簡単には処分出来ない」    ノートを抱き締めるように抱えてぷい、と背中を向けたシェーン様に目眩がしそうになった。      ……何てくっそ可愛いのかしらこの人。      いっつも美形な癖に表情筋は瀕死だし、ほぼ仏頂面かひどく不機嫌そうな顔してて、私といてもそんなに楽しそうには見えなかったのに、22までずっと私のために童貞を守ってて、私の詳細データを黙々と集めるほどに私の事が好きだったとは。      人形も含めて、彼の有能さが無駄に花開いていて、私のような人間に、もう能力の無駄遣いとしか言いようがないのに。      私はただただ、怒っている振りをしながらも、嬉しくて泣けて来そうだった。          
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