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【シェーン視点】   「……ルシアから手紙が?」    滅多にない事に、僕は執務室で読んでいた書類をグシャリと握りつぶした。    アクセルと同じく古くから僕の側に仕える秘書官で親友でもあるグスタフ・ベルナルドがクスクスと笑いながら僕に手紙を渡した。   「あんなにシェーンとの婚約破棄を求めては必死に色々楽しい事をやらかしてくれるルシア嬢が、今度は何をしたのか俺はそちらの方が興味があるね」   「うるさい黙ってろ」    ペーパーナイフを取り出して、ルシアからの手紙を開封する。彼女の手紙など数ヵ月前一緒に出席する予定だったルッテン公爵の茶会に【オイスターを食べ過ぎて腹を壊したので、申し訳ないが欠席させて欲しい】というのを貰って以来である。    3回に1回は体調が優れないだの占いで方位が良くないと出ただの、何かしら理由をつけては僕と一緒の社交を拒んでいる。   何をやらかすか想像もつかないお転婆娘なのに、文字は驚くほど美しく流麗で、いつも見事な文章力なのがまた腹立たしい。  誠意に溢れ、思わず本気にしそうな程なのだ。  だが9割方ウソっぱちなのは今までの付き合いでお見通しだ。ルシアは僕と余り一緒にいるところを目撃されると外堀が埋まり、悲願の婚約破棄がどんどん難しくなると警戒しているのだ。    当然、僕は何があろうとも婚約破棄をするつもりは毛頭ないのだが。   「ダンスパーティーも欠席かなー?んー?」   「……黙れ」    僕は必死に文章を読み進める。    そして、読み終えると首を傾げた。   「──おいどうしたシェーン?やっぱりダンスパーティーの断りか?」   「いや……ダンスパーティーの話なのだが、ダンスの練習中に足をくじいたらしい」   「なるほど。怪我で欠席、と」   「いや、それがな、『ダンスも踊れず婚約者としてご迷惑をお掛けするが、何がなんでも参加したい』と書いてあるんだ。僕の願望で読み間違えてるんだろうか?  グスタフも済まないが確認してくれないか」   「貸してみろ」    手紙を渡すと、グスタフも熱心に読み進めた。   「……本当に参加したいと書いてあるな」   「ルシアに何が起きたんだ?──まさか僕の愛をようやく受け入れる事にしたんじゃ!」    ガタンッ!と音を立てて椅子から立ち上がった僕に、   「いや、そりゃないだろ。  ついこないだも旅に出て大道芸を極めたい、是非ともこの素晴らしさをシェーン様にも伝えたいんです!とか言ってトランプマジックやって大失敗して、更にまたお前に婚約破棄を却下されて涙目で帰って行ったじゃないか」   「ああ……そう言えばそうだった」    僕はまた力なく座り込んだ。     「政略結婚なんか関係なく、本当にルシア嬢が好きなんだってちゃんと伝えてるのか?」   「あんなに何年にも渡って僕と婚約破棄を求める彼女に何と言えと?  さりげなく聞いたが、僕の事が嫌いな訳じゃないんだと言ってくれた。ルシアは王宮での堅苦しい生活などしたくないんだ」   「だからさ、その険しい顔すんの止めろって。折角の男前が台無しなんだよ。  もう少し、そのー、穏やかな、フレンドリーっつうか柔らかい表情は出来ないのか?」   「ルシアといる時は常に喜びに満ち溢れた顔をしていると思うんだが」   「おいシェーン、本気で言ってるのか?  しょっちゅう眉間にシワを寄せてるじゃないか」   「そう見えるんだとしたら、ルシアが可愛くてテンションが上がりすぎるのを止めようとしているんだ。必死に理性を保とうとする努力の結果だ」   「せめてルシア嬢の前では気軽に笑ったりしろ。それかシワを寄せずに無表情の方がまだマシだ。  シェーンは昔から余り表情は豊かでないのは分かってるが、婚約破棄を願ってるのは、お前の顔が怖いとかいうのもあるんじゃないか?」   「……!!」   「何?お前まさか王宮で暮らしたくないだけでルシア嬢があんなに熱心に婚約破棄を求めてるとでも思ってたのか?もしもお前の事が大好きなら、王宮での暮らしも頑張って我慢して支えようとか思うだろうが。  はっきり言うぞ?今の関係はな、客観的に見てると【嫌われてはいないけど好かれてもいない】んだ」   「っ!!!」   「お、珍しくショック受けてるのが分かるぞ」   「……当たり前だ」    勝手に嫌われてないから好かれてはいる、などと恥ずかしい勘違いをしていた自分が情けない。    そうか。好かれてはいないのか。……そうか。    足元からどんどん力が抜けていくような気がした。   「俺はな、シェーンに幸せになって欲しいんだ」   「……僕もだ……」   「分かったなら今度のダンスパーティーで少しでも社交的なところを見せろ。何でかは知らないが、せっかく怪我してても行きたいと言ってるんだから、少しは自分から好きになって貰える努力をしろ。  お前だけが好きだ好きだと思ってても、相手に全く伝わってなければ何の意味もない」   「社交的……好きになって貰う努力……」   「言っとくけどな、仏頂面のまんまでアピールしたら、嫌々してるようにしか見えないからな。鏡で少しは笑って見えるような顔が作れるべく努力しろ」   「……今笑ってみたがどうだ」   「不味くも美味くもないモノを食べた時みたいな顔だな。もっとこう、口角を上げろ」    グスタフが頬っぺたを掴んで口元から引き上げた。   「……いはいいはい(痛い痛い)」 「んー……全体的にキツめの顔立ちだから、悪どい事を考えてるような胡散臭さが漂うな。これを如何にもっと自然にやるか、だなぁ」    手を離すとグスタフが考え込んだ。   「よし、想像しろ。ルシア嬢が笑顔で会えて嬉しいとお前に抱きついてきた!」   「…………」    考えただけで胸が温かい気持ちになる。嬉しい。   「うん、悪くない。怒ってるようには見えないな。  それじゃルシア嬢が上目遣いでキスをねだってきた」   「……っ!」   「──うん、顔はいいが股間を何とかしろ」    ハッ、と慌てて目線を下げたら、僕の息子がしっかり主張していた。   「済まない。確実に変態扱いだろうな僕は」   「閨指南ぐらい受けてるだろう?何だよキスぐらいで」   「図解説明のみだ。ルシア以外の女性とそう言う事をするのは嫌だった」   「シェーン王子?もしかして童貞でおられますか?」   「──2人の時にその口調止めろ。悪いか?」   「いいえ別に。大分拗らせておられるな、と」    溜め息をついたグスタフは、   「ルシア嬢の事を考えてれば概ね普通に見えるから、ダンスパーティーはその作戦で行け。  だがいいか?出来る限り抜いとくのは忘れるな」   「──分かった」          よし、ダンスパーティーでの心積もりは固まった。            
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