【7】

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 とうとうダンスパーティーの当日がやってきた。      ソワソワが収まらず、護衛術の鍛練の後で腕立て伏せと腹筋を50回ずつ追加した。      前世では肉が付いてきた時から運動は見るものでするものではないと思っていたが、人間とは変われば変わるものである。今では体を動かすことが苦ではない。    むしろ汗をかいてシャワーを浴びるとすっきりして今日も1日頑張ろう!という気になる。    別に健康オタクではないが、やはり筋肉は使った方が体の為にもいいようだ。ご飯も美味しいし。        私はフェルナンドとジジに手伝って貰い、左足首に湿布を当てて包帯を巻いた。    足首が太く見えて、いかにも腫れてますよ~的な怪我人テイストな感じが素晴らしい。   「すごいわぁ、ほんと仮病感ゼロ!か弱い乙女そのものよ!フェルナンド、貴方が執事で本当に良かったわ」   「か弱さもそう言えば大分前から見当たりませんが、お褒めに預かり光栄です。ジジ、ドレスとメイクを頼む」   「はい!かしこまりました」      一応ギリギリまではダンスを踊るつもりでレッスンしていたので、ドレスも新調していた。      この国にはコルセットみたいに体に害しかないような締め付ける下着はないので、普通にブラジャーとパンティーの上からドレスを纏う。    ラベンダー色のシフォンのドレスは触り心地がよくてスカート部分がふんわりしていて、私の少しきつめの顔立ちの印象を柔らかく見せてくれるので嬉しい。    癖のないプラチナブロンドのストレートヘアはそのままだとこのドレスには重たい印象なので、アップにして編み込んで貰った。  メイクを終わらせたジジが、ほぅ、と息をつくと、   「本当にお綺麗ですルシア様!」    と満面の笑みで誉めてくれた。    鏡の中の私はドレスに合わせたラベンダーのアイシャドーにオレンジがかった艶やかなグロスで、軽くはたいたチークも相まってなかなかに美しいと思う。    まあ少なくともさっきまでの邪魔な髪をゴムでくくっただけのど素っぴんの運動着姿とは雲泥の差だ。  もう特殊メイクの世界である。    しかし何で世の中の女性は左右対称に眉毛を書いたりチークを掃いたりシャドーを塗ったり出来るのだろうか。私が不器用なだけなのか、何度トライしてみても、必ず左右どちらかがいびつになる。    肌が痒くなる事があるのでメイクするのがあまり好きではないからかも知れない。   「ありがとう。シェーン様の婚約者である内は、公の場に相応しい令嬢に見えないとね。  私はメイクとか苦手だから、ジジがいてくれてとても助かるわ」    私が微笑むと、ジジは怪訝な顔で、   「ルシア様、婚約者である内は、って……どういう意味でしょうか?」    と聞かれた。      おっといけない。      私が婚約破棄をしたがっている事は誰にも言ってないし、シェーン様にお願いするのも2人きりの時か、御友人のアクセル様もしくはグスタフ様がいる時だけだ。    そんな事が父様や母様にバレたら、王族との婚姻の重圧から来るマリッジブルーだとか言われて結婚を早められてしまうかも知れない。    今でさえ護衛術はともかく、釣りに行くのも日曜大工をするのも「レディーとしてあるまじき振る舞い」だとかなり眉間のシワを深めさせているのだ。      全く私の気持ちも知らないで……とは思うが、こればかりは簡単に言えるような話でもないので仕方ない。     「え?……ああほら、だっていずれ結婚するじゃないの。婚約者の時こそお洒落した姿も見せておかないと」    と適当な事を言って誤魔化す。    基本ジジは素直なので、   「ああ!そうですよね!でも今夜は主役はルシア様ですよ、シェーン様もきっと惚れ直すに違いありません!」    などと拳を握っている。    いや、シェーン様は真面目だから昔からの約束に義理立てしてるだけで、こんな痛い女に惚れてもないだろうし、むしろそれじゃ困るのよ。    今夜は彼の大事なフォーリンラブな夜なんだから。      曖昧な笑顔を見せながら姿見で前や後ろの様子をチェックしていると、ノックの音がして、   「ルシア様、シェーン様がお迎えに見えられました」    とフェルナンドの呼び掛ける声がした。   「すぐ降りるわ」      よし、いざ参戦ね。    ミーシャ・カルナレン……きっとリアルもメチャクチャ可愛いんだろうなあ。  楽しみだわー。ふふふっ。      私はウキウキとシェーン様の待つ玄関まで早足で向かいそうになり、ジジに、   「ルシア様、足、足!」    と突っ込まれ、慌ててぎこちない足取りでヨロヨロと手すりに掴まりながら階段を降りていくのであった。              
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