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「……今日のドレスは……な」   「……え?すみません、馬車の振動が酷くて……申し訳ありませんがもう1度お願い出来ますでしょうか?」   「……今日のドレスは(ルシアの可愛さを満遍なく引き立てていて)……美しいな」   「まあ、ありがとうございます。このドレスはラインが美しくて私も気に入っておりますの」       ガラガラと馬車で揺られながら、私はシェーン様と王宮へ向かっていた。    しかしゲームの世界の王子というものは基本的にハイスペックと相場が決まっているのだが、シェーン様も驚きのクオリティーである。    柔らかそうなダークブラウンのくりんくりんと緩やかな癖のある髪は思わず触ってみたくなるし、日本人でもなかなかいない濡れ濡れとした艶やかな黒い瞳は切れ長の目と見事にマッチしており美しく奥深い。  また白の礼服が引き締まった体にジャストフィットである。      ……ただ、出来れば眉間のシワだけはもうちょっと何とかして欲しい。     「シェーン様」   「……あぁ」   「今夜のダンスパーティーですが、デビューされるご令嬢は何人おられるのでしょうか?」   「……?確か12人と聞いているが」   「左様でございますか……」    思ったより多いわね。    私は少し考え込んだ。    ミーシャ・カルナレンが何番目に踊るかよねえ。  前世のゲームだと一番最後にバックに花を背負って現れる華やかなスチールだったけど、確かデビューの子は5、6人しか居なかったような気がする。    1人辺り数分としても、12回ダンスを踊るとなるとかなりの運動量だ。いくらミーシャが可愛くても、最後の方だとシェーン様が疲れてしまってフォーリンラブ効果が弱まるかも知れない。    でも順番なんてランダムだものねえ。   「……どうした?──まさか、妬いてるのか?」    私が黙ってしまったのを見て、無表情からほんの少し口角が上がり楽しそうな気配がした。    ただ、これも私が付き合いが長いから分かるだけで、他のご令嬢には無愛想にしか見えないだろう。   「……もし気になるなら、デビューのご令嬢とは踊らずに、ずっとルシアの側にいても──」   「何を仰るのですか!いけませんわそんな事!!」    私の剣幕にビクッとシェーン様の肩が揺れた。   「だが、ルシアは怪我をしているし、そんな婚約者を置いてデビューするご令嬢のダンスの相手を務めるなど……」    こういうところにシェーン様の変に生真面目すぎるというか、気を遣いすぎる性格が現れている。   「いえ、私の事は全く心配頂かなくても大丈夫ですわ。ダンスは難しいですが、歩けない訳ではございませんし、毎年デビューするご令嬢は、王子であるシェーン様とダンスをする事で箔をつけるというか、ちゃんと認められてデビューしたのだと自信をつけるのです!  私が原因で恒例のダンスの相手をしないなど、ますます私の評判が地に落ちるではございませんか。  まあもう落ちるところまで落ちてますけれども」   「いやそれは、うん、だがなルシア」   「私は久しぶりに世間のご令嬢たちの美しいドレスやダンスなどを眺めて、目の保養をさせて頂きます。  疲れを溜めないよう休みを挟みつつで構いませんので、キチンと、宜しいですか、キチンと全員のダンスのお相手をしていらして下さいませ」   「あ、ああ」   「そしてシェーン様は年々顔つきが険しくなっておられるように思いますので、意識して口元だけでもこう微笑まれるのを意識して下さるようお願い致します」    ミーシャが怯えてしまっては困るのだ。    私がシェーン様をじっと見つめると、ふ、と顔を逸らされた。   「……なんでこうも可愛いが過ぎるんだろうか。間近での破壊力がほんともう無理……」    何か聞き取れない程の小声でぶつぶつ言っているが、言質を取らねば。   「シェーン様?お分かり頂けましたか?」   「……ワカッタ。ワラウ、ガンバル。ボク、ヤル」    シェーン様はコクコク頷いた。    片言の外国人みたいな返事だが、まあここまで強く言えばシェーン様は性格的に真剣に受け止めて頂ける。    5つも年上なのに、時々弟のような気持ちになるのは、前世の私の方が年上だったせいだろうか。     「あ、ほら、そろそろですわよ」      前方に目映い程の明かりが灯る会場と、白を基調としたヨーロッパのような綺麗な城が見えた。   「何だかこういう催しに参加するのが久しぶりすぎて、ちょっとドキドキしますわね」   「……僕もだ」   「嫌ですわ、シェーン様は色々参加しておられるじゃありませんの。私は大勢の方が来られる場所などかれこれ、えーと、4ヶ月ぶりですのよ」    主に己がバックレたからではあるのだが。   「いや、そうでなく……」   「……そうでなく?」   「……いや、何でもない。では行くぞ」    会場に馬車を乗り付けると、シェーン様は先に降り、私にそっと手を差し出した。   「ルシア、足元が暗いから気をつけろ」    足の怪我を心配してくれているのだと思うと申し訳ない気持ちにはなったが、今回は致し方ない。デビューのご令嬢とミーシャの為にも、シェーン様の足を血まみれにする訳にはいかないのだ。   「……ありがとうございます」    シェーン様の掌に自分の手を乗せ、慎重に馬車を降りる。      自分でもよく分からないが、何だか照れてしまうのは、シェーン様がキラキラし過ぎているせいね。  さすが第1人気の攻略対象だわ。      私は少し顔に熱を感じながらも、ミーシャのいるであろう会場へゆっくりとシェーン様と歩いて行くのだった。          
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