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 フロアは既にかなりの人数が往き来しており、静かなメロディの生演奏と、食べ物をつまみながら声高に挨拶をし合う年配の男たち、グラスを持ち数人単位で集まり歓談している女性たちがいたりと楽しそうな雰囲気が漂っていた。     「済まないが、少しだけ父上に挨拶してくる。すぐ戻るから待っててくれ」    私を壁際のテーブル席に座らせるとシャンパンのグラスを運んできたシェーン様は、そう告げ慌ただしい足取りで陛下のおられる1段高いテーブル席の方へ向かって歩いていった。    しかしまあシェーン様もスクスクと育ったものだ、と離れて行く後ろ姿を見ながら思う。    185センチ前後はあるかも知れない。    私は165センチとこの国では大柄だが、更にシェーン様は頭1つ分は高い。    体も鍛えているせいか、胸板や二の腕など厚みがあるが、涼しげな美貌のせいかすらりとして見える。    この国では16からお酒は飲んでもOKなのだが、私は弱いので、アルコール分の少ないシャンパンをちびちび飲みながら、さりげなく周りを観察する。    最近では、王子はもしやあの変人(言うまでもなく私である)とこのまま結婚するのではないか、それならば未来の王妃だから親しくしておいて損はないのではと思ったのか、思った以上ににこやかに挨拶をしてくる人が多くて鬱陶しい。    めっちゃ害が及ばないように避けてたやん君ら。    ま、婚約破棄をしてもらう予定ですのよウフフ、なんて事は言えないので適当にあしらって、ミーシャはどこだと視線を泳がせる。      ……いた。いたわあ!!      ふおおおぉ、ふわっふわのライトブラウンの長い髪の毛にトルコブルーの瞳、150センチあるかないかの小柄な体にたわわなチチ、細いウェスト、ぷりん、と触りたくなるようなお尻。    流石のミス『ザ・ヒロイン』である。    2次元でも現実離れした可愛さだったのに、リアルも息をしているのが不思議なほど現実味がない。  正にお人形さんのような後光が見える美しさである。    別にビアンではないが、私は可愛い子は男女問わず愛でていたいのだ。    心でなむなむと拝みつつ、頼むからシェーン様を落とす方向にその力を全力で発揮して下さいと願う。    周囲にはきゃいきゃいしたデビューする子達が集まっていたので眺めて見たものの、やはりミーシャはぶっちぎりナンバーワンで可愛い。    これならイケる。  完オチ間違いなしだ。    円満な婚約破棄への道のりへのカウントダウンだわ。  おっほっほっほっほっ。    私はニヤニヤと緩む口元をシャンパンを飲む事で誤魔化しながら、鼻唄でも歌いたくなるような浮かれ気分であった。   「……楽しそうだな。そんなにダンスパーティーに来たかったのか?」   「ええそりゃもう……って、あらシェーン様お早いお戻りですわね。てっきりそのままデビューダンスが済むまで戻られないかと」   「只でさえ毎年やりたくないんだ。ギリギリまでここにいたい」    見ればシェーン様もワインを持ってきており、私にもシャンパンのお代わりを持ってきていた。   「お気遣いありがとうございます。  ──ですが、どうしてやりたくないのですか?  勿体ない。若くてぴちぴちの綺麗どころと堂々と密着し放題ではございませんか。私がシェーン様の立場ならば、合法セクハラばんざーいと喜ぶところですが」    少なくとも前世の私の会社の飲み会などは無料のキャバクラと勘違いした上司がわんさかいた。   「ゴホッっ!ゴホゴホッ……合法セクハラって、人を色欲しかない人間みたいに言うな。  ──ルシアは、まさか踊りたいような気になる男がいるのか?」    ワインを飲んでいたシェーン様がむせてナプキンで口元を押さえながら問いかけた。まだ苦しいのか顔つきが険しい。   「へ?踊れませんわよ私?」    と足を指差したが、   「いや、足が問題なければという話だ」    と言われてちょっと考え込む。      そう言われてもなあ……攻略対象のアクセル様もグスタフ様もさほど興味はないし、最推しのハーバート・ケリガン様は物静かで読書好き、ダンスを踊るより司書の仕事をしてる方がきっと楽しいタイプだし。    あー王宮図書館にもまだ行けてないのだった。  王宮内の施設を利用しようとすると、必ずシェーン様が付いてこようとするので断念せざるを得ないのだ。    何をやらかすか気が気じゃないのだろう。    私は一応やらかすにも『落とすのは自分の評判だけ』という気遣いをしているので、そこまで心配しなくてもいいのだが。    シェーン様だって、流石に私が王宮で大工仕事を始めたり、運動着姿で護衛術の鍛練をしたり腹筋などを始めるとは思わないだろうに。    まったく信用がないものだと思うが、考えてみたら自分から信用をなくしにいってるので、なくて当然だ。  シェーン様の心配は尤もであった。      とにかく私が今一番大事なのは、無事に19歳を迎えられる事、ついでに20歳も30歳も飛び越えて天寿を全うする、それだけだ。    ハーバート様とのロマンスもワンチャン狙ってはいるが、そんなの生き延びた後でいい。未来があってから考える。    1に命、2に命、3、4がなくて5に命。  長生きサイコー。     「──んー、よく考えてみたのですが、元からダンスも得意ではありませんし、他の男性も(今のところ)興味はございませんわね」    そう言いシェーン様に笑顔を向けた。   「……なら、いい」   「ああ、ほらシェーン様、飲み過ぎたらいけません。これから大切なお役目があるのですから。もう少々顔に出てしまっているではありませんか!  ──すみません、アイスティーお願いできるかしら?」    通りかかったボーイに手を上げると、シェーン様のワインを取り上げた。   「僕はルシアほど酒には弱くないぞ」   「でももう顔が少し赤いではありませんか」   「これは……いや、うん、何でもない。  そうだな、酒は止めておこうか」   「賢明なご判断ですわ」    私はアルコールとこれからの発展を期待していつもよりかなり顔が緩みまくっている気がする。   「……ルシアは普段もそうやって笑っていた方がいいぞ」    届いたアイスティーを飲みながらシェーン様がほんの少しだけ口角を上げた。    きっときつめの顔なんだから少しはニコニコして緩和しろと言いたいのだろう。    表情についてお前が言うなという台詞が喉元まで出かかったが、何しろ今日は運命の日だ。  心は凪いだ海のように穏やかで、大抵の事はサラサラ水に流せる。   「お優しいご忠告をありがとうございます。肝に命じて他の方とももっとフレンドリーに対話できるよう──」   「いや、他の男と話す必要はない」    食い気味に否定されて、だったらどうしろと言うんだとイラッとした辺りで、ダンスがそろそろ始まるとシェーン様に迎えが来た。   「いいかルシア、フレンドリーな対話は僕と家族と女友だち限定だからな!男はダメだぞ男は!」   「……あー、ええ、かしこまりました」    女友だちどころか友だち自体がいない私へケンカ売ってるのかと思うような暴言を吐いて、シェーン様が引きずられて行った。      正直言えば、全く寂しくはないとは言いきれないが、別にそりが合わない人と無理して仲良くしたくもないし、どうしても断罪まぬがれず、というルートになった場合に友だちにまで悪影響が出たりしたら死んでも死にきれないではないか。    それに、結構お一人様でも毎日楽しく生きてるし。    大工仕事だって、釣りだって、読書だって、何でもハマれば楽しいのよね。    願わくばゲームやネットがあればもっと楽しいだろうが、無ければ無いで世の中は楽しめるものだ。        私は早くミーシャとシェーン様が踊ってくれないかしらねえ、昔見たスチルを思い出しては興奮が収まらず、ワクワクとフロアを眺めているのだった。            
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