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閑話 そうだった
宿屋へ戻った。
だけどそこにアシュリーはいなかった。
なんでだ? 何処に行った?
やっとアシュリーを見つける事ができて、付き合う事もできてすっげぇ嬉しかったのに……!
これでもうずっと一緒だって、離れないでいようってそう思ってたんだ……
けど俺は自分から離れてしまった。
なんでだ……? なんでそんな事をしてしまった?! まだ知り合って間もないのに、いなくなったら何処を探せば、何処に行けば良いのかも分からないのに!
自分の浅はかな行動に苛立つ。そうだ。アシュリーは絶対離しちゃダメだったんだ。じゃないとすぐに何処かに行ってしまうんだ。あやふやな記憶だけど、そんな事が頭に浮かんできた。
どうすれば良い?! 俺は何処に行けば良い?!
焦る気持ちで宿屋を出て、あっちこっちと走りながらアシュリーを探す。
もう俺の事は面倒だとか思ったか? 嫌いになってしまったか? アシュリーが隠し事をしているのに苛立って、すぐに傍を離れる俺なんか必要ないって思ったか?
あぁ……なんでそんな小さな事で俺は怒ってしまったんだ……! アシュリーが言えないって事は、多分自分を援護する為じゃなくて誰かを思っての事なのに……
それは……俺……か……
今そんなふうに思い出してどうすんだよ?! けどそうだった! アシュリーはそんな人だった! 自分の事より人の事を、俺の事を思って行動するような人だった!
「クソ……! 腹立つ……っ!」
自分にムカついて仕方がない……! なんでもっとアシュリーを信用しなかった?! 俺が何年も想っていた人なんだぞ?! 自分の事しか考えないような人、俺が想い続ける訳がないじゃねぇか! 過去の自分に嫉妬して! 自分が未熟なのをアシュリーのせいにして!
「ごめん……! アシュリー! 謝るから……謝りたいから、もう出てきてくんねぇかな?!」
走ってあちこちを探すけれど、アシュリーの姿は見付けられなかった。じゃあどうすれば良い? 何処に行けばアシュリーに会える?!
思い出せ! アシュリーが言ってた事を! それは過去じゃない! さっき会ってからの事だ!
「家……ベリナリス国にある……ニレの木のそばに……」
そうだ、そう言ってた。まだ今もそこに住んでるって言ってた。じゃあ、家に行けば良いのか?! けど、ベリナリス国にニレの木はどれくらいあんだよ?! そんな情報だけで突き止めるの、どんだけ時間がかかんだよ?!
……ウル……そうだ、ウルに会いに行こう! ウルならきっと場所を知ってる筈だ! そうだ、そうしよう!
えっと、ジークマリアの里はロヴァダ国とルーシュカ国の国境辺りの森深くにあった筈で……あそこは昔アシュリーが育った村だって言ってたな……
そんな事を考えていると、目の前が空間に捻れるように歪みだした。その現象に驚いて、何も出来ずにその様子を伺っていると、歪みはまた元に戻るように構築されていき、さっきまでの唸りは無くなった。
けどそこは、さっきまでいたシアレパス国の街じゃなかった。
「え……ここ、は……」
「あ、お兄ちゃん! どうしたのー?」
「忘れ物でもしたのー?」
「え?!」
「あれ? 兄ちゃ、どうしたん? 姉ちゃは?」
「俺……さっきシアレパス国にいて……」
「ん? うん。用があって来たんちゃうの?」
「空間移動……」
「まぁそうやろうけど。転送陣はシアレパスには繋いでないからな。で、姉ちゃは?」
「あ、そうなんだ! アシュリーがいなくなったんだ!」
「そうなん? なんで?」
「あ、いや……それは……」
「なんや、喧嘩でもしたんか」
「そう、だな……」
「えぇっ?! ホンマに?!」
「な、なんでそんなに驚くんだよ?!」
「兄ちゃと姉ちゃが喧嘩とかあり得へんで! あんなに仲が良いのに! で、何があったん?! 姉ちゃが怒ってどっか行ったんか?!」
「いや……出て行ったのは……俺だ……」
「はぁ?! なんでやねん! 何を怒る事があんねん?!」
「それは……! アシュリーが隠し事をしてるみたいに思えて……なんか言いにくそうにしてるのが……俺が信用されてないみたいに思ってしまって……」
「姉ちゃがそうするのは兄ちゃの事を思ってやろ! なんで分からへんねん!」
「そ、それは俺もこうなって気づいたんだ! 責めるような事を言って、傍を離れてしまった事を悪かったって思ってる!」
「何を責めたん?! また不死になりたいとか言うたんか!」
「そうじゃないけど……でもその事もあったし……」
「ええか! 姉ちゃは言わへんかも知れんから言うたるけどな! 姉ちゃは兄ちゃの不死を受け継いだんやで?! 死にたくても死なれへんって苦しんでる兄ちゃを想って、姉ちゃは自らそれを受け入れたんやからな!」
「えっ?! それマジか?!」
「なんであたしが嘘つかなアカンねん! ずっと死ねんくて一人でいた兄ちゃに、もう良いよって、充分だからって言って、姉ちゃがその力を自分に移したんやで?! それがどれ程の覚悟やったと思ってんねん!」
「マジか……」
「強くなりたいのは分かるわ。誰かを守りたい思いがあるのも分かる。けどな。簡単に不死になりたいとか言いな! 兄ちゃが不死になったのは自分の娘を守る為や! それもそうなりたくてなったんちゃうわ!」
「娘……?」
「話せば長なる。こっからは姉ちゃに聞き。で、なんしにここまで来たんや。姉ちゃを探しに来たんか?」
「……アシュリーの家が何処にあるのか聞きにきた……」
「ベリナリス国のニレの木がある場所か……あそこはーー」
俺はウルにこっぴどく起こられた。なんかすげぇ懐かしい気がしたし、怒られんのは嫌じゃなかった。昔もこうして俺はウルに怒られてたかも知れない……
けど、ウルを信用しない訳じゃないが、まだ俄には信じらんねぇ……俺が不死だったとか……けどそんな嘘をつく必要もねぇし……
ベリナリス国へは、ウルが近くまで連れて行ってくれる事になった。勝手に空間移動が出来た事に驚く暇もなく、俺はウルと共に転送陣をいくつか経由して、ベリナリス国にあるニレの木の近くまで送って貰った。
しかし、ウルはオルギアン帝国の貴族かなんかだったんだな。あんな簡単に許可も取らず金も払わずに転送陣を使いまくれるのは、かなり高位の貴族しか無理な筈だ。その事にも驚いた。今日は驚いてばっかりだ。
小高い丘の麓まで送って貰って、ウルは一人帰って行った。
丘を登ってニレの木に近づいていく。近づく度に魔力が溢れてくるのが分かる。そうだ。ここはそういう場所だった……
暫く歩いて、ニレの木のそばに来た。すげぇ魔力だ。ここで俺はアシュリーと……
そう思った途端、ここであった日々が脳に映像として流れ込んでくる……そうだ……ここで俺たちは笑い合って……幸せに暮らしてた……
このニレの木にもたれ掛かって、よく二人で空を眺めていたな……
流れてくる情報量の多さにクラクラしながらも辺りを見渡すと、そばに建つ家が目に入る。あそこで暮らしていたんだな……
小さな子が使うような遊具が幾つか置かれてあって、それが凄く懐かしい気持ちにさせてくれる。俺の子供達……か……?
花が咲き乱れていて、畑があって、手入れがキチンとされているのが見て分かる。アシュリーがここで過ごしている姿が目に浮かぶようだ。
家の中へ入ってみる。広い居間には大きなテーブルがあって、椅子もいっぱいある。来客が多かったのか? いや、違うな……これは家族が多かったって事だ。ここは普通の人が立ち入れる空間じゃない。
キッチンも広くて、大家族に用意する料理を作るのに適しているんだと分かる。
子供達とアシュリーが楽しそうにここで食事をしていた情景が浮かんでくる。そうだ……テーブルの右奥が俺の席で、そのすぐ隣がアシュリーの席で……
アシュリーの笑顔と子供達の話し声……
あぁ……俺……幸せだったんだ……
気づいたら涙がボロボロ流れ出ていた。
アシュリーと子供達と共に暮す事は、俺がずっと願って願ってやまなくて……やっとの思いでそうなって……それは全てアシュリーがいてくれたから叶った事だった……
泣くな。今俺が泣いて良い訳ない。グッと涙を堪えて寝室に行ってみる。
大きなベッドがあって、横に置かれた背の低い棚の上には額がいくつか置かれてあった。
そこには家族の肖像画と俺の肖像画……
今は一人で住んでいるって言ってた……
こんなに大家族でいて、一人になるのは寂しかったんじゃねぇのか……?
そう思ってベッドに腰掛けた時、また脳裏に浮かぶ映像……ここでアシュリーは俺からアタナシアを自分に宿した……
俺は何年もずっと一人で生きてきて……アシュリーは生まれ変わって来てくれた……?
あのトネリコの木の元で看取ったのは……アシュリーだった!
次々に思い出す情報に頭がついていかねぇ……
けどしっかり頭ン中整理しねぇと!
「アシュリー……俺がバカだった……すまない……アシュリーっ!」
情報量が多すぎて混乱してズキズキ痛む頭で、アシュリーに言ってしまった事を思い返す。アシュリーは俺を気遣って話せなかったんだ。俺が不死だった事を言えなかったんだ。いや、言わせなかったのは俺か……ったく、何やってんだよ?!
ここに来てかなり多くの事を思い出せた。けどここにアシュリーはいなかった。
そうだ。アシュリーは俺に怒って帰るような人じゃない。何かあったのかも知れない!
俺はもう一度シアレパス国の宿屋まで行くことにした。
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