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夢じゃない
オルギアン帝国にある、ここは帝城の一室だった。
5歳の頃に別れてしまった双子の兄とようやく会うことができた。
私たちは離れていた期間を補うように、今までの事を話して聞かせた。
「あ、ねぇ、ディルク聞いて! エリアスがいたんだ!」
「そうか、良かったな! その能力制御の腕輪はその時に貰ったのか?」
「あ、うん、そうなんだけど……エリアスは私に会いたくないのか、姿を見せてくれないんだ……」
「アイツがアシュリーに会いたくないとか、それは有り得ない。どうせ自分と一緒にいたら不幸になるとか、そんな短絡的な思考で遠ざけているとかそんなのだろう?」
「そんな言い方は……」
「エリアスは凄く単純なんだ。難しく考える事が出来ない。計算して人と付き合うとか、そんな事が出来る性格ではないからな」
「でも、あれから400年も経ってるんだよ? もしかして凄く性格が変わっちゃってたら、とか考える……」
「それは無いだろう。エリアスはバカなくらい単純で素直で分かりやすい。そして……誰よりも優しい奴だ」
「うん、そうだね……」
「だから心配しなくて良い。今もきっと、アシュリーを一番に想ってる筈だ。だからその腕輪をコッソリつけたんだろう」
「そう、かな……」
「その指輪も魔力制御のベルトも、アシュリーを想って置いていった物だ。誰よりもアシュリーを想っている証拠だ」
「うん……ありがとう……」
「すまない、話し過ぎたな。まだ傷は痛むだろう? 少し休むと良い。それとも何か食事でも持って来させようか?」
「ううん、大丈夫だよ。大丈夫だから……何処にも行かないで……」
「あぁ、分かっているよ。アシュリーの傍にいる。何処にも行かないよ」
「うん……ディルク……うん……」
ディルクが頭をゆっくり撫でてくれて、それが嬉しくて心地よくて……
こうやって触れられるのは何年振りだろう?
母と旅をしていた頃、私の能力を知ってからはその力に怯えて、母は私に触れようとしなくなった。きっと私が怖かったんだろう。
だから私から逃げた? 私がいない間に結界から抜け出して逃げたの?
ううん、もうよそう。こんな事を考えるのは。
やっぱりディルクが傍にいると安心する。離れたくないって思う。
私のもう一つの命。魂の片割れ。
そうじゃなかったとしても……
こうやって触れられるだけでも心は安らいでいくんだね……
ディルクの手の温かさを感じながら、安心したように眠りについていく……
眠りが浅くなって目を覚ました。
辺りを見渡すとまだ外は夜が明け始めた頃で、窓から見える藍色の空には赤い光が雲を照らしていた。その朝焼けの空が美しくて、暫くその様子を見続けていたけれど……
ベッドには自分だけがいて、他の誰も見当たらない。
急に不安になってきた……
さっきのは夢だったのかも知れない。私がディルクに会いたいと思っていたから見てしまった夢なのかも……
そう思うと悲しくて怖くなってきて、本当に夢だったのかどうかを知りたくて、ベッドから抜け出そうと体を起こす。
痛みに襲われるけれど、何とか耐えてゆっくりとベッドから出て、一歩、二歩って、右手で下腹部を押さえながら歩いていく。
ベッドから扉までの距離が異様に長く感じる。少しずつ少しずつ、息を整えながら扉にたどり着いてドアノブをまわす。扉を開けるだけなのに、こんなに力が必要だったのか、と思う程に力を込めないと扉は動いてくれなくて、一つの事をするのにひどく時間をかけてしまう。
部屋を出て、紫の石の光を求めるように歩いていく。
夢じゃないよね? 本当に会えたんだよね?
あの紫の石はディルクが探しだしたって言ってたから、あの光の先にいるんだよね?
やっと会えた。けれどそれが現実じゃなかったらどうしよう……
そう思うとじっとしていられなくて、壁に手をついて体を支えるようにしながら歩いていく。
傍にいてくれるって言った。でもディルクはいなかった。あれはやっぱり夢だったの? 私の願望が見せた夢? それとも妄想?
ディルク、お願いだから現実であって……
私に優しく笑いかけて……
もう一人じゃないって、頑張ったなって言って抱きしめて……
「ディルク……どこ……? ディルク……?」
目が霞んでくる。よく見えない。
見えない……見えないよ……
「アシュリー?!」
「あ……ディルク……?」
遠くから駆け寄ってくる人がいる。
あれはディルク?
すぐに駆け寄ろうとして、だけど足が上手く動かなくて、その場で倒れそうになったところを抱き止められる。
「アシュリー! なんでこんな所に?!」
「ディルク……良かった……夢じゃなかった……」
「アシュリー……」
ディルクは私を抱き上げて、さっきの部屋まで連れてきてくれた。何故か何度も「すまない」って謝るけれど、私が勝手にディルクを探しに行っただけで、ディルクは何も悪くない。だから謝らなくて良いのに……
歩いたからか、下腹部の傷口から出血していて、ディルクに叩き起こされた使用人達が大慌てで医師を連れてきて、朝からバタバタと治療の準備とかをしてくれた。
私の勝手な行動で迷惑をかけてしまって、凄く申し訳ない気持ちになる。
「アシュリー、すまなかった。傍にいると言ったのに……」
「ううん……私の方こそ、ごめんなさい……仕事、してたんだよね……?」
「そうだが……」
「会えたの、夢だったらどうしようって思っちゃって……そう思ったら確かめずにはいられなくなって……本当にごめんなさい……」
「いや、俺がもっと気遣うべきだった。ずっと一人で不安だった筈だ。こんな怪我もして、心も体も疲れていた筈なのに……」
「もう良いから……ディルクが夢じゃなかったから、本当にいてくれたから、もうそれだけで良いんだ……」
きっとディルクは、私といる時間を作るために夜通しで仕事をしていたんだと思う。分かっているのに。分かっていたのに。ディルクならそうするって。なのに私は色んな人に迷惑をかけて……
栗色の髪のメイドが食事を持ってきてくれた。消化の良い物と果物を、ディルクが食べさせてくれる。恥ずかしかったけど、そこは甘える事にした。
あまり食べられなかったけど、お腹よりも心が満たされていく感じがする。
前もそうだった。私たちは二人で一つの魂だ。だから求めてしまう。こうやって離れがたくなる。傍にいると安心して、ずっとこうやって一緒にいたいと思ってしまう。
でもこの事に甘えてちゃいけない。
分かっているけど……
今は少しだけこうしてても良いのかな……
ベッドで二人手を繋いで、幼い頃のようにお互い寄り添うようにして眠りにつく。
こんなに安心して眠れたのは、5歳の誕生日以来だ。
ディルク……
ディルク……
大好きだよ
やっぱりディルクを無くしたくない
絶対に無くしたくない……
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