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その為だけに
ルシオに呼ばれて仕事部屋へ向かう。
今アシュリーを寝かせている部屋は客室だ。アシュリーの容態が落ち着いたら俺の部屋へ来てもらおう。
もう二度と離れるのは御免だ。元々一つの魂なのだ。離れて生きている事自体が不自然なのだ。それに俺たちにはすべき事がある。だからこれからは共にいなくてはならない。
部屋に着くと、ルシオは矢を持って待っていた。サラリとした金の髪と茶色の瞳のルシオは、地理や文化に詳しく、頭も切れる男だ。今は俺の片腕として働いて貰っている。
「ルシオ、何か分かったか?」
「はい、この矢について分かった事をご報告致します。まず矢羽ですが、水鳥の物を使用していまして比較的安価な矢羽です。そして三枚羽で、キチンと殺傷能力を考えて作られている物を使用している事から、ある国の兵士が使った物だと推測できます」
「その国とはどこだ?」
「ロヴァダ国です。あそこは財政が厳しい国です。他国との協調性も乏しく、なかなか友好を結べない国のようですが、多国であればもう少し矢羽はしっかりした物を使う筈です。恐らく間違いないかと」
「そうか……ではロヴァダ国にまつわる『禍の子』について調べておいて貰えるか。それとその国の預言者についてもだ」
「畏まりました」
ルシオが持っていた矢を受け取る。そこにはまだうっすらとアシュリーの血が付着していた。それを見ると、ロヴァダ国への怒りが沸々と湧いてくる……
胸当てにも矢が当たった跡があった。もし胸当てを装着していなかったら、アシュリーはその場で生き絶えていたのかも知れない……
そう考えると更に怒りで我を失いそうになる。深呼吸をして、何とか冷静を保とうとする。そうしているとメアリーが急いだ感じでやって来て、アシュリーが目覚めたと知らせにきた。
急いで駆けて行く。
部屋へ戻るとアシュリーが俺を見て驚いて、それから涙を流した。
堪らずに思わず抱きしめてしまう。まだ傷が癒えていないのに、そうしてしまったからアシュリーは苦痛に顔を歪めたが、それでも嬉しそうに俺を見る。
やっと俺の傍にきてくれた。
俺の魂を分かち合う存在。誰よりも欲する存在。こんなに求めてしまう存在を、もう手離す事など出来はしない。
本当はエリアスなんかに渡さずに、いつまでも俺と共にあって欲しいとさえ思ってしまうのだ。
けれど、それではアシュリーがこの世に生まれてきた意味がない。
魂が二つに別れた事は、天界からすれば非常事態だった。それを一つに戻す為には長い年月が必要となる。
しかしそんな中、アシュリーはエリアスを気遣い下界まで会いにいった。しかも二回もだ。
それは天界を管理する者からすれば有り得ない事だった。
魂を修復させている段階でまた二つに別れてしまうというのだから、管理者は憤ったのだ。
次に修復中に別れる事になれば、生まれ変わる事は出来ないとされた。
だからリュカが呪いに侵され、エリアスが失意の中にいた頃も、アシュリーは何かしたくとも出来なかったのだ。
それはエリアスと約束をしたからだ。
必ず助けにいくと。
死ぬことが出来なくなったエリアスを助けるには、生まれ変わらなければならない。だから魂を二つに分けて行く事はもう出来なかったのだ。
では俺の魂と融合した場合ではエリアスの元に行けたのかと言うと、それは無理だった。
魂は管理者によって修復中で、その全てで管理者から離れる事が出来なかった。だから俺の魂だけを残してアシュリーはエリアスの元へ行ったのだ。
そして母の体内で、俺たちはまた二人に別れてしまった。意図してそうした訳ではないが、結果的にそうなってしまった。
管理者がやっとの事で魂を融合させたのにも関わらず、こうやってまた二人になってしまったのだ。
そしてアシュリーはリュカの魂を抱えるようにして転生した。これは天界からすれば禁忌であり、許されない事だった。
一つの魂で一人で生まれる筈が、また二つに別れ、そして勝手にリュカの魂を連れ出したのだ。
リュカはともかく、俺たちの魂はもう再生する事は出来ないかも知れない。この魂は今世かぎりかも知れない。
だからアシュリーの思うようにさせてやりたい。それは俺の願いでもあるのだ。
エリアスの魂を救う為だけに俺たちは転生したのだ。
そのエリアスがアシュリーを見付けたというのに、その姿を見せないとは何事か。
全く、アイツは何も分かっていない。いや、分かれと言う方が無理があるのだが。
そんな思いでいる俺たちは、天が怒ったのかどうなのか、前世と同じく離れ離れとなってしまったのだ。
俺を見て安心したように眠ったアシュリーを見て、俺も安心する。
ずっとそばについててやりたかったが、アシュリーが眠っている間に仕事をする事にした。今ある仕事を最低でも終わらせて、なんだったら余分に仕事をしておいて時間を作る事にしよう。
暫くはアシュリーの為に時間を使いたい。いや、それは俺の為か。アシュリーが幸せだと、俺も幸せを感じるからな。
仕事部屋へ戻って溜まった書類を確認していく。いつもならこの書類の山を見る度にウンザリしていたが、これが終われば当分はアシュリーといられる、と思うだけで何の苦もなくなる。
そうやって夜通し書類と格闘していた頃、何かを感じた。俺を求める気配と言うのか、それが近づいてきている。
アシュリーか?
すぐに仕事部屋を出た。するとその先に、今にも倒れそうなアシュリーがいた。
アシュリーは目に涙をいっぱい溜めて、俺の名前を呼びながらやって来る。急いで駆け寄り抱き上げる。
こうやって俺を求めてくれる事が嬉しくて仕方がない。それと同時に、そばにいてと言われたのに離れてしまった事を申し訳なく思った。
傷の手当てをし直して、食事を摂らせてから一緒に眠る事にした。
幼い頃に戻ったような感じで、俺たちは寄り添うようにして眠りにつく。
アシュリーが愛おしい。それは前世から何も変わらない。俺は今も同じ気持ちでいる。
俺は今も変わらずアシュリーを愛しいる。
愛しているんだ。
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