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償えてない
ここはとある国の鉱山が近くにある小さな村。周りは森が広がっていて、魔物が出たとしても村人が倒せる程の脆弱な魔物のみで、獣の方が脅威となるようなそんな森の中の、小さな村。
そこの村人達は鉱山が近いということで、それを仕事にしている者が殆どだ。
その村に一人の男が訪れた。
「ルル、久しぶりだな! 元気か?!」
「あ! アスターだ! やっと来てくれた!」
畑仕事をする母親の手伝いをしている少女のルルは行商でやって来たアスターという男を見て、嬉しそうに駆け寄って飛び付くようにして抱きついた。
「アスター! 会いたかった! 今日は何を持ってきてくれたの?!」
「ハハハ、俺もルルに会いたかったぞ。今日はな、王都で流行っているお菓子を持ってきたんだ。それとな、本も何冊か持ってきた。これでもっと勉強できるだろ?」
「やったぁ! えっとね、私ね、もう字が書けるようになったんだよ! 少しは算数も分かるんだよ! ねぇ、凄いでしょ!」
「あぁ、凄いぞ! 流石だな!」
ルルを抱き上げて優しく微笑むアスターは、髪が赤茶で緑の瞳の三十代後半頃の優しい顔つきの男だ。この村には月に一度程やって来て、頼まれていた物の他にルルが喜ぶ物を持ってきてくれる。
ルルはアスターが来てくれるのをいつも心待ちにしていた。
「おい! ダラダラすんな! タダ飯食らいが!」
「あ、はい、すみません……」
そんな叱責する声が聞こえてきて、思わずそちらに目を向ける。ルルも気になったのか、悲しそうに虐げられている少年を見詰めていた。
「ねぇ、アスターは知ってる? なんでライアがあんなふうに働かされて怒られるのか……」
「あれは……仕方がないんだ。あれはアイツの贖罪だから……」
「え? なに? しょくざい?」
「なんでもねぇ……アイツの事はあんま気にすんな。本人はそれで納得してるから。な?」
「でも……」
「それよか、ユリアとジョシュアはどこだ?
それと他の子達も……」
「あ、ジョシュアはおじさんの仕事を手伝ってるよ。でね、ユリアのお母さんの具合が悪くてね、ユリアは今看病してるの」
「具合が悪い? そっか、じゃあ見舞いに行ってくる」
「うん。あ、後でまた会いに来てね!」
「あぁ、それまでに次に持ってきて欲しい物、決めててくれな!」
「うん!」
アスターはユリアの家へ急ぐ。家の前まで来て扉をノックしてユリアを呼び出すと少しして、まだ10歳にも満たない女の子が顔を出した。
「あ、アスター! 良かった! あのね、お母さんがね……」
「あぁ、聞いてるぞ。薬があるんだ。すぐ治るからな。中に入るぞ?」
「うん、お願い!」
部屋へ入り、寝室で横たわっているユリアの母親の元へ行く。グッタリしていて動きがにぶくなっているのを確認してから、ユリアに飲み物を持ってきて貰うように言う。
その間にアスターは鞄から魔石を取り出して、母親の胸にその魔石を当てた。それから魔力を込めていくと、魔石は母親の胸にゆっくりと浸透して行くようにして消えていった。
するとすぐに母親は起きだし、アスターを見て頭を下げた。
「やっぱ魔石を埋め込まねぇと1ヶ月は持たなかったか。これで当分は大丈夫だ。これからもユリアに良くしてやってくれな?」
「はい、畏まりました」
「あ、お母さん!」
「ユリア、心配させてごめんね? お母さんはもう大丈夫だからね」
「アスター、お薬がもう効いたの?」
「俺の薬は早く効くからな。もう大丈夫だから安心しろ」
「ありがとう!」
母親に抱きつくユリアに、アスターは持ってきたお菓子と本を渡す。ユリアは嬉しそうにそれらを受け取っていた。
すると、外で何やら聞き覚えのない声が聞こえる。どうしたのか、と思ってアスターがその声のする方へと向かう。
そこには一人の旅人と思われる風貌の者がいた。そしてライアを庇うようにして、ライアを嬲っていた男に詰め寄っていた。
その旅人の目を見て、アスターは凍り付いたように動けなくなってしまった。
「嘘だろ……マジ……か……」
口元に布を巻き、フードを被った旅人の僅かに見えたその黒髪と黒い瞳。けれどその容姿にアスターは見覚えがあった。
それはアスターが焦がれて仕方のなかった人物……
「アシュリー……?」
すると旅人はライアを連れて、その場から突然消えた。それを見て焦ったのはアスターだ。
すぐに広範囲に魔力を広げ、さっきの旅人の気配をたどる。
忘れもしない。忘れる筈もない。あれはアシュリーだ。容姿だけじゃない。持っている魔力や気配、佇まいなんかの全てが、あれはアシュリーであると決定付けているのだ。
するとわりと近くの森に、その存在は確認する事ができた。アスターはすぐにそこまで空間移動で向かう。
そこに旅人とライアはいて、旅人は優しくライアを抱きしめていた。アスターは気配と音と自身の姿を消してゆっくりと二人に近づく。
「もう良いんだ。もう苦しまなくて良い」
その言葉にアスターは胸が締め付けられた。思わず涙が込み上げてきそうになる。
けれどそんな言葉に自分は救われてはいけない。自分はまだ償えていない。
そうアスターは思って胸に手をやる。
すると旅人はライアの心臓を刺した。
ライアは倒れ、それから姿を消した。後に残ったのは短剣だった。
その短剣を手にして、旅人はその場を後にした。
アスターは一体のゴーレムを作り出し、その姿と気配、音を消す術をかけ、旅人の後を追うように指示をする。
ゴーレムはすぐに旅人と共にその場から去った。
しかし、アスターは暫くその場から動けなかった。自身が気づく事なく、その容貌は様変わりしていた。
アスターは20代前半で、黒い髪に黒い瞳の冒険者のような出で立ちに変貌していた。さっきまで姿は、術によってそう見えるようにしていたのだ。
嬉しいのか辛いのか、アスターと名乗っていた男は複雑な表情のまま、下を向いたまま動けずにいた。
しかしそれから暫くして、またさっきの姿に変わったアスター……いや、エリアスは、先程の村まで帰る事にする。
「あ、アスター、どこに行ってたの?」
「あぁ、ルル……ちょっとな……」
「あのね、ライアがね、いなくなっちゃったの!」
「そう、か……」
「他所から来た人がね、ライアをね、何処かに連れて行っちゃったの……!」
「大丈夫だ」
エリアスは微笑むと、ルルの頭に手を当てる。ルルは不思議そうな顔をしてから、すぐにエリアスを見て微笑んだ。
「あ、そうだ、私ね、ペンが欲しいの! 黒じゃなくてね、色のついたの! 今度持って来れる?」
「ペンか。分かった。次の時には持ってくるな」
「やったぁ! ありがとうアスター、大好き!」
ルルがエリアスに抱きつくと、エリアスは優しく包み込むようにして抱き寄せ頭を撫でる。
その後他の子達にもお菓子や本を渡し、欲しい物を聞いてから村全体に魔力を這わせ、ライアの記憶を村人全員から無くしていった。
元よりライアなんて人間はいない。
それはエリアスが土台に短剣を利用して作り出したゴーレムだ。短剣にエリアスは自分の魂の欠片を付与し、虐げられる事によって自分を戒めていたのだ。
「本当に悪趣味だ」
それはさっき、旅人が言った言葉だ。
そうかも知れない。こんな事をしても、何も報われない。分かっていたけれど、今となっては誰も自分を責める事もしないし、窘める者もいないのだ。
自分を律するのに、自分でどうにかしなければ立つことさえ出来なかった。
戻ってきた魂の欠片にあった、僅な救い。
それは旅人が言った「もう良いんだ。もう苦しまなくて良い」と言った言葉と、優しく包み込むように抱きしめてくれた温もりと……
求めて止まなかった存在がある。
空に手を伸ばし、しかしそれはしてはいけない事のように感じて、その伸ばした手は何処にも行けずに止まったまま……
その手をギュッと握って戻し、エリアスは唇を噛む。
あれから長い年月が過ぎて、見知った人達は皆天へと還って行って、ただ一人この世界を守る事だけをしてきたのは、償いたいからだった。
リュカが助けたかった人々を、自分が守ると決めたのだ。
「俺は……まだ償えていない……」
いつになったら償いは終わるのか。どうすれば償えるのか。その答えも分からないまま、エリアスはただ、旅人が……アシュリーが向かった先を一人見つめ続けていたのだった。
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