ただ幸せを

1/1
前へ
/166ページ
次へ

ただ幸せを

 アシュリーに付けていたゴーレムと感覚共有する。  アシュリーはロヴァダ国の方へと走って行った。足に風魔法を纏って軽やかに走っていく姿は俺と共に走った頃と同じで、まるで昨日の事のようにその事を思い出せた。  街に着いてからアシュリーは宿屋を決め、その一階の食堂で食事を摂っていた。  アシュリーの容姿は前とよく似ていて、その美しさは今も健在だった。黒の髪に黒い瞳は、もしかして闇の精霊テネブレが宿っているかも知れない。そして、その瞳には魅了の効果があるのかも知れない。  なぜなら、その食堂にいる客や従業員の皆がアシュリーに釘付けだったからだ。  魅了が無くともあの容姿ではそうなるのも仕方がない。そして、アシュリーは何故か今も男として振る舞っている。  いや、男として生まれたか? それともディルクと魂が一つになって生まれたか?  聞きたい事だらけだ。  どうやってこの17年間生きてきた?   苦労はなかったか?   なぜ今一人でいる?    触れたくて傍にいたくてどうしようもねぇ。  その思いをぐっと抑えて、今は様子を見ることにする。  近くに座っていた二人組の冒険者風の男がアシュリーに近寄る。それから三人で飲むことになったようだ。  ったく、そんな警戒心無しで大丈夫なのか?  ソイツらが悪い奴らだったらどうするんだよ?!  ゴーレムと感覚共有しながら、俺もついアシュリーのいる街までやって来てしまった。やっぱそのままゴーレムだけに見させておくなんて出来なかったからだ。  けれど近づき過ぎてもいけない。俺は別の宿を取って、ゴーレムからの情報に耳を傾けていた。  冒険者風の男達との話で、アシュリーには双子の兄がいる事を知った。父親と兄を探して旅をしているのか……母親は既に亡くなって……  だからアシュリーは今、一人だったんだな。  またそうやって一人で旅をする事になったのか……  前みたいに人に触れられない力があるんじゃないのか?  一人で寂しいんじゃないのか?  そんな事を思ってると聞こえてきた『禍の子』という言葉。その言葉にアシュリーの顔が一瞬陰りを見せた。  男女の双子の『禍の子』を殺しに行ったって……それってもしかして……  その話になってから、アシュリーは部屋へと戻って行った。聞きたくなかったのか聞かれたくなかったのか……  その『禍の子』がアシュリーなのか?  それで生まれ育った場所を追われたか?  またアシュリーは何かから逃げるように生きていかなくちゃいけなくなったのか?!  なんでこんな風になっちまうんだ!  アシュリーは何もしていない! 筈だ!     少しだけ読めたアシュリーの生い立ちに苛立ちを覚える。なぜこうなる? 普通に幸せに生きて暮らす事が何故できない? 考えれば考える程に、アシュリーへの想いが募っていくばかりだ……  とにかく、この『禍の子』ということを調べてみようか。そう考えてアシュリーの部屋の前でゴーレムを待機させ、その日はアシュリーを想いながら眠った。  次の日、アシュリーはその街のギルドに向かった。俺はどうしてもアシュリーに渡したい物があった。それは魔力制御の碧い石が付いた額に巻けるようにしてあるベルトだ。  きっとまた男達に言い寄られて困ったりしてるんだろう。まずはアシュリーに近づく奴らを減らさないとな。  昨日一緒に飲んでいた冒険者の男に声をかける。しっかり目を見つめて魔力制御のベルト手に取らせ、アシュリーにこれを渡すように指示をすると、男は操られたように頷いた。  俺の眼には色んな効果がある。異能の力で左手から奪った物が眼に宿るのだ。だから人を操ったり恐怖を与えたり幻術を見させるのは容易い。  そうやって男にベルトをアシュリーに渡して貰うことにする。  男からベルトを受け取ったアシュリーは、すぐにギルドから飛び出した。俺を探しているみたいだ。  そうか、俺のことを覚えてくれているんだな……  その事が嬉しくて、思わず顔がにやけてしまう。って、こんな事で喜んでいる場合じゃない。アシュリーは俺を探しだそうと、あちらこちらへと走っている。それを躱すように身を隠す。  ダメだ。アシュリーと会ったら、俺は自分を抑えられないかも知れない。俺と会う事がアシュリーにとって最善なのかどうなのかがまだ分かっていないんだ。だから今はまだ姿を見せる訳にはいかない。  そうやってアシュリーから逃れていたが、何かが変だ。アシュリーは何かに耐えるようにして、フラフラと路地に入って行った。  気配と姿を消してゆっくり近づくと、今にも倒れそうな状態のアシュリーがいた。    どうしたんだ?! 何があった?!   壁に持たれかかって、ズルズルと崩れ落ちるようにしてその場に倒れたアシュリーの腕を急いで掴み取る。   そしてグッタリしたアシュリーを抱き上げた。 「なんだよ……すっげぇ軽いじゃねぇか……ちゃんと飯食えよ……」  何があってこうなっているかは分からないけれど、一先ずアシュリーの泊まっていた宿屋へ向かうことにする。  宿屋の受付にいた娘はアシュリーを見て、心配そうにした。 「どうされたんですか?! アシュレイさんは大丈夫なんでしょうか?!」 「大丈夫だ。俺が何とかする。部屋を貸して貰えるか? ……いや、一室買い取りてぇな」 「え? どういう事ですか?」 「さっきアシュ、レイが泊まっていた部屋を買い取る。いくら必要だ?」 「そんな事を言われましても……あ、ちょっと父を呼んできます!」    そうして宿主がやってきて、交渉の末部屋を一室買い取る事が出来た。提示してきた金額は白金貨15枚だったが、その倍の30枚を渡し、それから食事代も永久に食べ放題にする、と言うことで白金貨をさらに10枚渡した。  それには流石に驚かれたが、宿主と娘はすぐに笑顔になって上機嫌になった。これでアシュリーに良くしてくれるだろう。   部屋に入り、アシュリーを抱き上げたままベッドに座り、そのままアシュリーを抱きしめる。    久し振りの感触が蘇ってくる。  会いたくて触れたくて抱きしめたくてどうしようもなかった想いが溢れてきて、しばらくそのまま動けずに、ただアシュリーを抱きしめていた。  なんだこれ……  すっげぇ癒されていく……  アシュリーの顔を見てそっと頬を撫でると、体温はかなり低いように感じた。  そこでハッと気づく。自分の欲望を押し付けている場合じゃない。ゆっくりさせてやらなくちゃな。  着けている装備類を全て外してブーツも脱がせ、ベッドに横たわらせて布団を掛ける。  手に持っていた魔力制御のベルトを額に取り付けると、黒かった髪は綺麗な藍色に銀が混ざったような色へと変わっていった。 「ハハ……やっぱアシュリーだ……」  思わず涙が込み上げてくる。焦がれてどうしようもなかった存在が、今俺の目の前にいる。  嬉しくて嬉しくて、それをどう表現すれば良いのか分からない程だ。  革の手袋を外し、持っていた指輪を右手薬指に嵌める。それから左手首に能力制御の腕輪を嵌める。これで少しは過ごしやすくなる筈だ。 「ごめん、な? すぐにこれを渡せなくて……大変だったよな? また一人でいたんだよな? 助けてやれなくて……ごめん……」  細い手首に指……その手を取って、指に口づけをする。そうすると愛しさが溢れてきて、どうしようもなくなっていく……  そっと額を合わせて、それからゆっくりと唇を合わせていく。  アシュリーの唇の柔らかさが俺の唇から伝わってきて、全身が痺れたような感覚に陥ってしまう。  そっと唇を離して、アシュリーに覆い被さるようにして抱きしめる。   「ダメだろ……アシュリーが眠ってる間に……こんな事……」  暴走しそうな自分の意識を何とか抑え込み、ゆっくりとアシュリーから離れる。  それから、外した装備類をテーブルに置き、外套を掛けておく。空間収納から白金貨を入れた袋を取り出して、それも一緒にテーブルに置いておく事にする。   「足らないか……? もっと置いておくか……いや、それはまた様子を見て渡す事にするか……」 「ん……エリ、アス……」 「アシュリーっ?!」  すぐにベッドにいるアシュリーの元へ行くと、アシュリーは苦痛に顔を歪めていた。すぐに最大限の回復魔法を施すが、その表情は変わらなかった。  どうした? アシュリーは何に苦しんでいる?  閉じた瞼をしっかり見つめて、そこからアシュリーにある痛みを奪っていく。  俺は魔眼の持ち主だ。眼から色んなモノを奪う事もできる。それは相手が目を閉じていても可能になった。  そうしてアシュリーから痛みを取っていくと、アシュリーはやっと落ち着いた表情をした。  良かった……  アシュリーの髪を撫でて、それから頬に口づけをして……  名残惜しむように唇に口づけをしてから、これ以上暴走しないようにその場を後にした。  一人、昨日借りておいた宿屋の部屋に戻り、ベッドにドカッと座って口に手をやる。  さっきまであった唇の感覚を思い出すと、今まで頑なだった心が溶けていくような、そんな感じがした。 「やっぱアシュリーはすげぇ……」  一瞬で俺の心を奪っていく。  そして久しく感じてなかった想いが胸に溢れてきて、それだけで心が満たされていく。  だけど、俺は誰よりもアシュリーの幸せを望んでやらなくちゃいけない。  もう自分の事で不幸にしたくはないんだ。  アシュリーには幸せを与えてやりたいんだ……
/166ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加