大好物

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大好物

 アシュリーが目覚めた。みたいだ。  アシュリーは自分が知らない間に部屋にいる事を不思議に思ったようだった。部屋の外に待機させているゴーレムを通してアシュリーの声が微かに聞こえてくる。 「あぁー……腹が立つ! ここまでしておいて姿を消すとか、信じられない!」  それをゴーレム越しに聞いて、思わずドキッとする。  え……ここまでしておいてって……抱きしめたりキスしてしまった事とかバレてたのか?!  すっげぇドキドキして、一人でベッドで身悶える。心の中でひとしきり「ごめんなさい!勝手に唇奪ってすみません!」と何度も何度も謝る。  そう言えば、もしかしたら生まれ変わってからアシュリーには初めてのキスだったのかも知れない。それを俺は許可もなく、眠っている間に勝手に……! 「マジごめん!本当にごめんなさい!」って、思わずベッドの上で正座して、そこで深々と頭を下げ続ける。 「こんなふうに人を惑わせておいて。エリアスは私を弄んでいるんだな? このままじゃ嫌いになっちゃうんだからな!」 「えっ?! それは嫌だっ!」  それを聞いて、思わず大きな声が出た。  惑わせようとか弄んでるとか、そんなんじゃねえって! 嫌いになるとか、それはマジでカンベンしてくれよ!   さっきとは違う感じで、焦ったようにオロオロしてまたベッドで身悶えちまう。   「こうやって私を守る癖に……本当にエリアスは酷い……」 「アシュリー……っ!」  アシュリーも俺に会いたいって思ってくれてるのか? 今も俺の事を想ってくれてるのか?  そう思うと、胸がギュウッて締め付けられるような感覚になっていく。けれどこの感覚が嬉しい。アシュリーの気持ちが嬉しくて、高鳴る胸を掴むようにして、その感情を大事に包みむようにする。  って、何をこうやって乙女ぶってるんだ、俺は!  だけど、そんなふうになってしまうくらい俺は嬉しくて、けれど切なくも感じてしまって、久し振りの感情に振り回されてる自分が滑稽で、思わずベッドの端から端を何度もゴロゴロ横に回転しながら移動してしまう。  って、さっきから何やってんだよ、俺!  そうだった。  俺はアシュリーやリュカの事になると、こんなふうにいつも余裕がなくなる。    一人でこの世界を守ってる気になって調子に乗って、冷静に判断できてる事をカッコいいとか思ってたんだろうな。  いや、それも大事なことだけど、人を救うのであれば、常に人の気持ちを分かってなくちゃいけなかった。  こんだけ長い間生きてきてるのにそんな事も忘れて、結局俺は何にも成長出来てなかったんだな…… 「遅くなってごめん……エリアス……」    アシュリーの、そんな申し訳なさそうな声が聞こえてきた。  それを聞いて、思わず涙が出そうになっちまう……ずっと俺の元に来ようと思ってくれていたのか?  俺の為にそうしようとしてくれたのか? もしそうなら、それは凄く嬉しい事だ。けれど、同時に申し訳なく思っちまう。     せっかく生まれ変わって来れたんだから、過去に拘らずに今を幸せに生きて欲しいとも思う。これは本心だ。けどやっぱり覚えてくれていたのは嬉しかった。矛盾してるよな……  そんな事を考えていると、アシュリーが部屋から出てきたのが見えた。  って、さっき倒れたんだからもうちょっとゆっくりした方が良いんじゃねぇか? そんなに急いで何処に行くんだよ?  アシュリーが受付の娘に俺の事を聞いている。その時にアシュリーは少し嬉しそうにして 「彼は私の大切な人なんだ……」  そう言った。言ってくれた。  それだけで良い。もうそれだけで俺には充分だ。  ありがとう……アシュリー……  心が満たされて、落ち着いて考えられるようになっていく。    あまりアシュリーの行動を探りすぎちゃダメだよな。アシュリーは今も昔も旅には慣れているから大丈夫な筈だ。だから監視するような事はしない方が良いかもな。  だけどやっぱり気になる。俺は俺のするべき事をしながら、ゴーレムにつかせて時々確認する、くらいにしといた方が良いかもな。  じゃなかったら、俺はただのストーカーだ。  いや、今でも立派なストーカーかも知んねぇ……  それをアシュリーが嫌がっていたら、そうなっちまうんだろうな。  アシュリーに付かせているゴーレムに任せて、俺自身は付いていかないようにする。それには後ろ髪を引かれる思いがしたが、各地に置いたゴーレムに魔力を補充しに行かなきゃいけないし、その時に村人達に頼まれていた物を持って行かなくちゃいけない。  それから各地の情勢の確認と、魔物が蔓延っていないのかの確認。各地にいるゴーレムの感覚共有で事件になりそうな事案があれば事前に解決させて、あ、それからたまにはオルギアン帝国に顔も出さなきゃな。  なんやかんやでやる事がいっぱいある。  オルギアン帝国には、2、3ヶ月に一度程行くことにしている。けれど、それはエリアスとしてではない。影で動く者として認識して貰ってるとは思う。  その時にこちらの情報と、オルギアン帝国の情報を共有して、必要とあれば俺が動く、といった具合にしている。  まぁ、オルギアン帝国にも皇帝の側近としてゴーレムを置いてるから、何かあれば聞かずとも動いてるんだけどな。  それを知ってか知らずか、毎月俺の口座には結構な額の金額が振り込まれている。何度かそんなに必要ないと言ったけど、これでも少ない位だと言われて取り合ってくれなかった。  だからそれをなるべく村の再建や孤児院の運営費等に充てている。  村や街を巡って行く時は、俺はエリアスとは名乗らない。姿も変えるようにしている。強者と知られると、そこから禍いが降りかかる事がある。余計な争いは無い方が良いからな。  そうやって今日もするべき事が終わって家に帰ってきた。俺の家は、今もリュカと暮らしたベリナリス国にあるニレの木のそばに建てた家だ。  ここはニレの木から溢れる魔力のお陰で、普通の人や下手な魔物は寄って来られない。けれど、俺には心地良い場所なんだ。  居間にあるソファーにドカッと座って、アシュリーに付かせているゴーレムと感覚共有する。ゴーレムが見てきた事をザッと目を通していく。  あれからアシュリーは走ってシアレパス国の東隣にあるロヴァダ国までやって来ていた。そこの森で今夜は野宿をするみたいだ。  やっぱり馬車や転送陣は使わないんだな。  人知れず一人で旅をする。それはきっと寂しい筈で、もしまた魂が二つに別れてしまったのだとしたら、一つにも満たない魂はより温もりを求めてしまう筈なんだ。  そしてまた簡単に人に触れられないのだとしたら、アシュリーはずっと尋常じゃない寂しさに襲われている筈で……  アシュリーを想うと胸が痛くなる。それでも、俺が関わる事がアシュリーの幸せに繋がらない可能性があるのなら、まだ会うのは控えておいた方が良いだろう。  今アシュリーは食事を作っているんだな。  って、あれ! あれはエゾヒツジのクリームスープじゃねぇか! 俺がどんだけ真似て作っても、その味にはならなかった俺の大好物だ!    食いてぇ! マジで食いてぇ!!  って思ってハッとする。  俺はなんて卑しいんだ……食べもん一つで何ジタバタしてんだか……  ここは大人の男らしく、落ち着いて様子を見守る事にしよう。って、こう思ってる事自体がもう既に大人の男とかじゃねぇんだろうな。  出来上がった料理を見て、ゴクリと唾を飲み込む。やべぇ……全部が旨そうだ……    一人で食事をしているけど、テーブルには他に二人分の食事も用意されてあった。  って、誰のだ? それは?  それを食べずに結界で覆い、アシュリーは暫くしてテントに寝に行った。  しばらくゴーレム越しに様子を見ていたけれど、思わずそこまで空間移動で行ってしまった。  テーブルに置いてある二人分の食事。もしかして一つは俺に置いてくれてるとか、か?  どうなんだ? そうなのか? いや、きっとそうだ! 俺はこれを食べて良いんだ! 多分!  そう思ったら止められなかった。  結界を破って、一人分のみまた結界を張っておいて、冷めたスープと串焼きを火魔法で良い感じに温める。  ちゃんと手を合わせて目を閉じてお祈りをしてから「いただきます」と小さく言ってスープを口にする。   「やべぇ……マジ旨ぇ……」  これだ……これが俺の求めていた味なんだ! 旨過ぎんだろ! もちろん串焼きも美味しかったし、ただのパンだろうけど、これも旨かった。そうやって夢中で食べてて、気づくと涙が溢れていた。  リュカが最後に作ってくれたのもエゾヒツジのクリームスープだった。帰って来ない俺を思って、慣れない料理を頑張って作ってくれた。それはアシュリーの味とは違ったけれど、俺にはそれも旨く感じたんだ。    助けられなかった俺が泣くのは違うって思って、泣かないようにしていたのに……  まだ昨日の事のようにあの日の事が思い出せてしまう。  駆け付けた俺の腕の中で、呪いのせいで真っ黒になってしまったリュカは霧のように粉々になって弾けて消えた。  俺はあの日の事を、あれから一日だって忘れる事はできなかった。  頭を振って、涙を堪える。それからまた食事を進める。その暖かさに胸がいっぱいになる。  あれからクリームスープは食べていない。っていうか、食べられなくなってしまった。けど今こうやって食べられるようになった。  一瞬だな。やっぱすげぇな。アシュリーの作ったスープ一つで心を動かされるなんてな……    色んな感情が胸に巡って、目が霞んでスープがボヤけて見えちまう。けれど味はしっかり確認しながら食事を終える。  手を合わせて「ご馳走様でした」って目を閉じて言ってから、食器を光魔法で浄化させて重ねて置いておく。   「ありがとな、アシュリー……旨かった」  テントで眠るアシュリーを見てしまうとまた暴走しそうなので、そのまま帰ることにする。  幸せな気持ちとか後悔とかの感情がせわしなく心を乱したけれど、それも悪くはない。感情が動くというのはそんなに悪い事ではないと、改めて感じられた。ただ、その感情に飲まれてはいけないとは思う。  もっとしっかりして、胸を張れる男じゃなきゃな。  そうやって気を取り直して、俺はその場を後にした。  
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