感泣

1/1
前へ
/166ページ
次へ

感泣

 心地良い眠りが浅くなっていって、ゆっくりと目を覚ます。  そこには自分以外の存在があった。  あぁ……なんて心が安らぐんだろう……  私の右手をしっかり握って眠るその人は、私の魂の半分を持つ兄だ。  左手で頬に触れようとして動かした途端、左腕に痛みが走る。   「い、た……っ!」    つい声に出してしまったのが聞こえたのか、ディルクはゆっくりと目を覚ました。  私の顔を見てディルクは微笑んで、私の頬を優しく撫でる。そして握っていた手に口づけた。 「おはよう、ディルク」 「おはよう、アシュリー」  こうやって誰かが傍にいてくれる事が嬉しくて仕方がない。それがディルクだから尚更そう感じる。 「まだ体が痛むだろう? 暫くは安静にしなければな。食事を用意させるが、何が食べられそうだ?」 「うん……果物とかで良いかな……あとスープがあれば少し……」 「分かった。他に何か欲しい物は無いか?」 「大丈夫だよ。ディルクがいてくれるならそれで良い。あ、でも、仕事があればしてくれても良いからね。昨日は勝手にディルクを探しに行っちゃったけど、もうそんな事はしないから……」 「なるべく傍にいる。俺がそうしたいんだ」 「うん……ありがとう。でも無理はしないでね?」  ニッコリ微笑んで、ディルクは私の頬に口づけた。  ベッド横にある小さな棚にあるベルを鳴らすと、扉がノックされてメイドが入って来た。  ディルクが食事を用意するように告げると、メイドは部屋を出て行く。  ディルクは私をゆっくり起こしてくれて、後ろから支えるようにして抱き寄せた。  ディルクと会ったのは12年振りだけど、そんな時間が無かったみたいに、私たちの間には何も遮るものはない。傍にいるだけで、手に取る様にお互いの気持ちが分かる程だ。   「そうだ、アシュリーに会わせたい人がいる。後で会わせるように手配する」 「会わせたい人? 誰?」 「それは会ってからのお楽しみだ」 「えー? 教えてくれないの?」 「ハハハ、アシュリーを驚かせたいのでな」 「そうなの? 誰だろう? 凄く気になる!」  そんな事を話していると、食事が運ばれてきた。ベッドから出なくても食事が出来るようにしてくれて、何から何まで有難い限りだ。  まだ食べたり飲み込んだりするだけでも下腹部が痛むけれど、あまり心配させちゃダメだからなるべく平然を装う。  けど、すぐにそれはバレてしまってディルクに気遣われる。 「無理はしなくていい」って言われて、あまり食事を摂れずにまたゆっくりと横になる。  早く治したいな……  ディルクは用事があると部屋を出て行った。私は一人、窓から見える木々を見ていた。風が優しく吹いていて、葉がクスクス笑っているように揺れている。  こうやって穏やかな気持ちで外を眺めるなんて事は本当に久し振りだ。これはディルクのお陰なんだろうな……  しばらくそうやって、木に住み着いているであろう鳥の様子なんかも見ていると、扉がノックされてディルクが帰ってきた。   「アシュリー、調子は良いか?」 「うんディルク、大丈夫……え……?」 「姉ちゃ……?」 「嘘……ウル……?」 「姉ちゃ! ホンマに姉ちゃやぁー!」 「ウルっ! なんで?! 本当にウルなの?!」  ウルは涙を目にいっぱい溜めて、私に抱きつきにきた。  私もそれに答えようとするけれど……! 「いっ! ……たぁっ!」 「あっ! ごめんっ! 姉ちゃ、怪我してたんやった!」 「ううん、だ、大丈夫……」  起き上がろうとした私に抱きついたウルが、慌てて私から体を離す。    ウルはウルリーカと言って、前世で私とエリアスと3人で旅をしていた事があった。  ウルの住む島から、このオルギアン帝国まで3人でやってきて、そこでウルの母親と再会して、それからウルはこの帝城で住むことになった。  その後、ウルは皇帝になったヴェンツェルと結婚をして第一王妃になったのだ。  それはもう400年以上も前の事だ。ウルはエルフだ。そうか、エルフってそんなに長生きするんだ……知らなかった…… 「また会えるなんて思えへんかった! むっちゃ嬉しい!」 「うんっ! 私もウルに会えるなんて思ってなかったから、スッゴく嬉しい!」 「ホンマに……なんか夢みたいやわ……」 「ウル、泣かないで……?」 「姉ちゃも泣いてる癖に……!」  思わず二人で顔を見合わせて、泣き笑いみたいな感じになった。  ディルクが私の体を起こしてくれて、それから二人で話もあるだろうから、と言って部屋から出て行った。     「ウル、全然変わらないね。最後に見た時と同じ姿だ」 「エルフはある一定の年齢になったら容姿は変わらへんねん。姉ちゃは若くなったなぁ。あたしより若く見えるやん!」 「ふふ……そうだね」 「なぁ、兄ちゃは……?」 「うん……エリアスとはまだ会えてないんだ。探しているんだけど、なかなか姿を見せてくれなくて……」 「そうなんや……兄ちゃ、あたしにも会いに来てくれへんねんで。自分から知ってる人を遠ざけるみたいにしてて……」 「そうなんだね……」 「でも、ちょっとだけ兄ちゃの気持ちが分かるねん。あたしも長生きするやん? でも、ここにいる人達は殆どがあたしより短い命やん? あたしより皆が先に天に旅立っていくやん? それって、凄く切ないし悲しいし、置いてかれる感半端ないねん」 「うん……」 「あたし、子供3人生んでん。けど3人とも、もうこの世におらへんねん。自分の子供が自分より先立つって、スッゴく悲しかってん……」 「ウル……」 「エルフと人間のハーフやから他の人間よりは長生きやったけど、それでもやっぱり堪えたな……まぁでも、その子供とかがまた子供生んでって感じで、ここにあたしの子孫はいっぱいおるけどな! だからまだ何とかやっていけてる。けど、兄ちゃは違う。ずっと……ずっと一人や……」 「そう、だね……」 「あたし、兄ちゃは姉ちゃに誰よりも会いたいって思う。ホンマ、アホみたいに姉ちゃしか見えてなかったからな」 「アホみたいって……」 「いや、ホンマに! 姉ちゃの事しか考えてなかったで?! 姉ちゃがいなくなってからは……リュカの事だけやったな……そのリュカがあんな事になって……それから兄ちゃは一人でいる事に決めたみたいやからな……」 「うん……」 「だから姉ちゃに、兄ちゃを助けてあげて欲しいって思うねん。今は多分、姉ちゃより兄ちゃの方が力とか魔力とかは強いと思う。けど、そんなんとちゃうくて、兄ちゃはずっと一人で寂しいって泣いてるみたいに感じるねん」 「うん、私もそんなふうに感じるよ」 「兄ちゃ、泣き虫やからな!」 「本当に。エリアスは涙脆いからね。……うん……傍にいてあげたい。ううん、私が傍にいたいんだ。あのね、ウル、私はその為に生まれてきたんだよ……」  私はウルに、私が生まれた理由と今置かれている状況を説明した。  ウルには言っておいた方が良さそうだったから。  多分、私はまたウルを残してこの世を去る。ディルクと一つの命で二人の時間を生きてきた私たちは、寿命が短いのだ。そして私はリュカの魂をこの身に抱え込んでいる。それは思ったよりも体に負担が掛かっているみたいだ。  だから今世でも、私は長生きできないだろう。けど、だからこそなんだ。だから早くにリュカをエリアスに……  そう思った途端、心臓が痛み出す……!  それから傷付いた腕と下腹部も……  ウルは慌てて私に回復魔法をかけてくれるけど、それは私には効かなかった。    エリアス……  エリアス……  早く会いたいのに……  今貴方は何処にいるの……?
/166ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加