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帰る場所
ウルと話している時にエリアスを想ったからか、体が痛みだした。
ウルが回復魔法を施すけれど、私にそれは効かない。その事に焦ったウルは慌ててディルクを呼びに行く。
少ししてディルクは走って私の元までやって来てくれた。
そんなに心配しなくて良いのに……
「アシュリー、大丈夫か?!」
「うん……大丈夫……」
「姉ちゃ……!」
「ごめ……ウル……心配、かけて……」
「そんなんはええねん! けど……!」
「ウルリーカ、すまない、少しアシュリーを休ませてやりたい。今日のところは……」
「うん、分かった……!」
「ウル、ごめん、ね……?」
ウルはまた目に涙を溜めて、首を左右に振った。それから私を気にしながらも、部屋からそっと出て行った。
ディルクは私を抱きしめて、優しく背中を撫でてくれていた。そうされると少しずつ少しずつ、体と心臓の痛みが落ち着いていく。やっぱりディルクは凄い。
それから私を抱きしめたまま、一緒にベッドに横になる。ディルクの腕の中で、私は徐々に落ち着きを取り戻していく。
「ありがとう、ディルク……もう大丈夫だよ……」
「まだ心配だ。このままでいさせてくれないか?」
「ディルクが良いなら……」
「俺がそうしたい。アシュリーはこうしていて辛くはないか?」
「大丈夫だよ……こうして貰ってる方が……落ち着く……」
ディルクが優しく私の髪を撫でて、それから頬を撫でてくれる。それが心地よくて心が安らいでいく。そうすると体の痛みも落ち着いていって、段々と眠くなってきた……
ウルは長年生きてきて、置いていかれる感は半端ないって言っていた。それはそうだろう。しかも自分の子供が先に年老いた姿になって天に召されて行くのを見送らなくてはいけないのは、本当に辛かっただろうな……
それでも身内がいっぱい周りにいるから大丈夫だったって。同じ気持ちでいてくれる人が傍にいるのといないのとじゃ、それは全然違うだろうと思う。
エリアス……
ずっと寂しかったよね?
必ず貴方の元へ行く。
行くからね……
そんなふうに私は帝城で療養し、幾日が過ぎた。
その間、ウルは毎日私のいる部屋までやって来てくれて、いっぱい思い出話を二人でした。あの時は楽しかった、とか、あの時はどしようかと思った、とか、そんな事を話すのが楽しくて仕方がなかった。
今ウルの立場と言えば皇太后となっていて、今の皇帝でさえも意見を言うことは出来ない程に力を持っているのだそうだ。
けれど、ウルは基本的に政治には関与していないらしい。ただ、どうしても気になる事があると苦言を呈する事もあるのだそうだ。
そうなると「鶴の一声」的な感じになり、誰もがその言葉に従うしかなくなると、ウルは笑いながら言っていた。
「長年生きてたら、国の事とか人の事とか分かってくるやん? それを忠告してるに過ぎひんだけやし、あんまり口出しはしないようにしてるからよっぽどの事が無い限り、やけどな」
「それでも、ウルって凄い立場なんだな。あのウルが……って、ビックリする……」
「ホンマに! あたしもそう思う! だってあたし自身は何にも変わってないもん! 周りが勝手にそうしてるだけで、あたしは姉ちゃと知り合った頃のまんまやで?」
「それでも立派になったなぁって思う。実質、この辺りじゃ一番偉い人って事だよね?」
「もう、そんなん言わんといて! 自由に身動きできひんのも、むっちゃ嫌やねんからー!」
「ふふ……あの時3人で旅をしてたのが嘘みたいだな。色々あったけど、楽しかった……」
「うん、ホンマにあの時が一番楽しかった。また姉ちゃと旅したいなぁ……あ、そうやん! そうしよう?! 姉ちゃが治ったら、一緒に兄ちゃを探しに行こう!」
「えっ?! それは……私は嬉しいけど……でもウルは難しいんじゃないの?」
「何とか言うてみる。私がここにいても別に何もする事あらへんし。まぁ、問題があるとすれば……心配される事だけやな」
「そりゃ心配するよ!」
「大丈夫や! あたし、これでも前より強くなってんで! する事ないから魔力上げたろうって思って、魔法の練習とか弓の練習しまくっててん! だから前より強くなってんねんから!」
「そうなんだ……じゃあ、許可が下りたら……一緒に行こう?」
「うん! やったぁ! で、何処にいく予定やったん?」
「えっと、白の石を見つけに行く予定だったんだ。だけど行こうとした時に襲われて……」
「そうなんや……今は何処にあるか分かる?」
「ここからじゃ見えにくいけど……多分シアレパス国の方向。白の石は誰かが持ってるみたい。前はこのオルギアン帝国の方向にあったから」
「それはもしかしたら、兄ちゃかも知れへんな!」
「そうかも。白の石……セームルグは簡単に宿せないから。エリアスはシアレパス国かロヴァダ国にいるのかな?」
「姉ちゃが動けるようになったら、またしっかり見てな! じゃあ、あたしそろそろ戻るわ」
「うん、ウル、またね」
ウルが去った後、メイドが新しいお茶を持ってきてくれた。
最近ディルクは仕事が忙しいのか、昼間は顔を見せなくなった。けどそれは仕方がない。寂しいなんて思っちゃダメだ。
それに、ディルクは私の為に動いてくれているようにも思う。それが何となく分かるんだ。夜は一緒に眠るから、全く会えない訳じゃない。なるべく夕食も一緒に摂ってくれるようにしているから、私を気遣ってくれているのは分かっているんだ。
あれから少し私の体は回復していって、ゆっくりだけど歩く事もできる。あまりずっとベッドにいるのも退屈だから、歩く練習と左腕を動かす練習をしている。
ディルクが言っていたけど、私の事は公にはしていないそうだ。ディルクの妹だとすると皇女と言うことになる。そうすれば、私は自由に旅をする事が出来なくなる。
だから、私はディルクの友人としてここに滞在している事になっている。
メイドのメアリーやウルとか、一部の人は私がディルクの妹だと知っているけれど、箝口令を敷いているみたいだ。
そしてここでも私は、外出する時は男装でいるようにディルクに頼まれた。それは、友人の私が女性であるとディルクの恋人なのかと疑われる可能性があるのと、友人であれば問題ないと、求婚してくる者もいるかも知れないから、との事だった。
「男でいるのは問題ないんだけど……求婚なんて無いんじゃないかな?」
「全く……アシュリーは自分を分かっていない」
「魅了は抑制できている筈だけど?」
「魅了とかの問題じゃない。そうでなくても、アシュリーは人を惹き付けるんだ」
「そうかな……そんな事は……」
「そんな事はある!」
「あ、はい……」
「とにかく、アシュリーは俺の友人で、怪我をしたから面倒を見ているという事になっている。部屋は客室ではなく、そろそろ俺の部屋へ移すとするか」
「そうなの?」
「男の友人がいる客室に毎夜俺が寝泊まりするのも、な。俺の部屋だと部屋数が多いから、アシュリーがいたとしても問題ない」
「そうだね。ディルクに恋人がいたら誤解されちゃうかも知れないしね」
「俺に恋人等いない。その予定もない」
「なんで?」
「え?」
「ディルクなら恋人がいててもおかしくないと思うから。モテそうだし……」
「必要ないし、モテない」
「モテない事はないと思うけど……」
「そんな事はどうでも良い。俺にはアシュリーがいるからな」
「え? でも……」
「では今日から俺の部屋で寝るか。それで良いか?」
「うん、それは構わないよ。ディルクがいてくれるなら何処でもいい」
「アシュリーも俺だけならいいのにな」
「え?」
「何でもない。では行くか」
私を抱き上げてから、ディルクが空間移動した。そこはディルクの部屋の一室と思われる。けど……
「ここはアシュリーの部屋だ。ベッドも用意したが、眠る時は寝室があるからそこで一緒に寝よう」
「あ、うん。でもこの部屋……凄く可愛いね」
「女の子の好きそうな物をデザイナーに用意させた。気に入ったか?」
「うん! 凄く! こういうのに縁が無かったから、なんか、夢みたいだ!」
「そうか。良かった」
ディルクが私を見て嬉しそうに微笑んだ。それを見て、私も嬉しくなった。
部屋にはドレッサーや本棚、テーブルとかがあって、家具は猫足の物で、重厚感というより可愛らしい作りになっている。クローゼットには着ないのにドレスも何着もあった。ベッドも女の子が好みそうなレースとかがあしらわれていて、この部屋を用意するのに時間がかかったんじゃないかな? と思う程だ。
「何かあれば、いつでもここに帰って来ればいい。ここはアシュリーの部屋だ」
「うん……ありがとう……」
行ける場所なんて無かった。私に帰る場所は無かった。私はずっと一人だと思っていた。
私に帰る場所ができた。
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