甘いヤツ

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甘いヤツ

 俺は紫の石を手に入れた。  紫の石の効果は、空間移動ができるというものだ。知っている場所であれば何処にでも行く事ができる。そして会いたい人の元へも、容姿と名前さえ分かっていれば行く事ができる。  しかし、エリアスの元へ行く事はできなかった。エリアスは常に自分自身に結界を張っているのか防御しているのか、何度試みてもエリアスがいる場所でまで行く事は叶わなかった。  ……面倒だ……  紫の石さえ手に入れれば、俺はすぐにでもエリアスに会えると思っていた。まぁ、手に入れて真っ先にした事と言えば、アシュリーの元へ行く事だったがな。  エリアスに会ったらこれまでの事情を話し、分身と思われる英雄達をエリアス自身で無くさせるようにして貰うつもりだったが、それも出来なくなった。  だから仕方なく、一人一人英雄を殺していくしかないのだ。  剣を抜いた俺を見て、分身……かどうかは分からんが、その男は即座に剣を抜き、あっという間に間合いに入り込み剣を振るってきた。  その速度は尋常じゃなく、気づいたら目の前にいた、といった感じだった。  即座に躱すが、それも束の間、また目の前にいて剣を素早く薙ぐ。さすが武力の英雄だ。躱すだけで精一杯……それでも男は手加減しているように感じる。それは俺が人間だからだろう。  俺は誰かに危害を加えた訳ではない。殺気を放ち勝負を挑んだだけなのだ。だから俺を殺す気は無いのかも知れない。    全く、優しい男だな。  剣筋はエリアスのまんまだ。前世で何度か息抜きに手合わせした事がある。アイツは剣を扱うのにも秀でていた。それは生きていくのに必要に駆られてそうせざるを得ない状態だったのだろうが、それでも剣捌きのセンスが良い。  いつも結局勝敗はつかなかったが、エリアスとの手合わせは楽しいものだった。  ついその事を思い出して、俺は男の剣を受け続ける。  しかしこれは勝負なのだ。殺し合いなのだ。  楽しい等と思ってはならない。憎まれ口を言い合いながら打ち合ったあの頃とは違うのだ。  そんな事を考えていたからか、咄嗟の判断が僅かに遅れた。男の放った剣筋が俺の脇腹を貫く。   「う、ぐっ!!」  思わず声が漏れでた。刺された箇所に手をやって回復魔法を自分に施す。が、自身にそうしても効力は薄い。けれど何もしないよりマシだ。  その行為の間も男は詰め寄ろうとするが、何を思い留まったのかその行動は戸惑っているように感じた。  その隙に足に風魔法を這わせ、即座に男まで近寄り、横薙ぎに一太刀剣を振るった。  男の首は体から離れて飛んだ。それからその首は地面に落ちた。その場に立ったままの男の体に左手を向け、まだ魔力が多く集まっている場所である胸に突き刺した。  その胸に嵌め込まれていた魔石を取り出すと、男の体はパラパラと砂が崩れ落ちるようにして、その形を成さなくなった。  そうか……これはエリアスが作り出したゴーレムだったのだな。  こんな強力な力を持つゴーレムを何体も作り出せるとは……アイツの能力はどれ程なのか……  とは言え、このゴーレムは俺を殺そうと思えば出来た筈だ。それをあの時、俺の脇腹を刺した後、その動きを鈍くした。  人間を殺す気は無かった、という事なのだろうか?   「つくづく甘い男だな……」  手にした魔石を握りしめて、崩れてしまった砂を見下ろす。  きっとこのゴーレムは村人を守ってきたのだろう。村人達だけではなく、この界隈にいる村や街を、そうと知られる事なく守って来ていたのだろう。  それを俺は奪ってしまった。この界隈の安全を、俺が奪ったのだ。  許せ、等とは言わない。これは俺が背負わなければならない。こんな事をアシュリーに背負わせる訳にはいかない。  まだ痛む脇腹を押さえて、俺は帝城へと戻った。  帝城に常駐している回復術師の元へ行き治癒して貰おうと考えたが、皇族の者が何故こんな怪我をしたのかを聞かれるのも不味いと思い、まずは仕事部屋に戻った。    そこは執務室となっていて、俺専用の部屋がある。部屋の外には数人いて、書類等と格闘している。  デスクの椅子に何とか座り、置かれてあるベルを鳴らすと、ルシオがノックをして入ってきた。 「ルディウス様、いつお戻りに……えっ?! どうなさいましたか?!」 「ルシオ……騒ぐな……ウルリーカを呼んで、貰えるか……」 「皇太后様を?! わ、私等が皇太后様を呼び出す等、そんな事は……っ!」 「頼、む……ウルリーカは……そんな事で怒る奴では……ない……」 「と、とにかく止血を! 回復術師をお呼び致します!」 「止めろ、ルシオっ! それが厄介なのだ……だからウルリーカに頼みたい……」 「……っ!……分かりました……すぐにお呼び致します!」  ルシオはあれでも伯爵位だ。それでも皇太后であるウルリーカに会う事すら、普通であれば叶うことはない。それを呼び出す等と、正気の沙汰とは思えんのだろうが、それでもルシオは俺に忠実に従ってくれている。どうにかしてウルリーカを呼んできてくれるだろう。  少し寒くなってきたな……眠くもなってきた……あぁ、そうか……血がまだ止まらないからか……やはり自分では回復魔法はちゃんと効いてくれないのだな……  それでもアシュリーに比べれば、こんな事位どうって事はない。俺は回復魔法が効くのだ。怪我をしたとしても、瞬時に回復できるのだ。だからエリアスの作り出した英雄にも臆せず立ち向かって行ける。  けど、アシュリーは回復魔法が効かない。  エリアスの作り出すゴーレムは強い。人間を殺すように作られてはいないだろうが、それでもこうやって傷を負わせる程には攻撃してくるのだ。  こんな危険な事をアシュリーにさせる訳にはいかない。エリアスはアシュリーを傷つけるつもり等毛頭ないだろう。けれど、人間を守るゴーレムであれば、仕方なく攻撃してくる筈だ。今回の俺のように。  そんな事を考えながら、俺は眠ってしまったようだった。  気づくと見慣れた天井が見えた。ここは自室の寝室だな……  気配がしたので横を見ると、そこにはウルリーカとルシオがいた。 「あ、ディルク! 目が覚めた!」 「ウルリーカ……そうか、君が助けてくれたんだな。礼を言う」 「ええねん、そんなんは! 大丈夫なん? 痛い所はない?」 「あぁ、もう大丈夫だ。助かった」 「それでも結構な血が流れてたから、もう少し休んだ方がええと思う。あ、安心して? 姉ちゃには言うてないから!」 「そうか……ありがとう……」 「あたしを呼んだのは、誰にヤられたとか言いたく無かったからやろ? あたしには言える?」 「そうだな……」  俺がルシオをチラリと見ると、ルシオは一礼して部屋から出て行った。後でルシオにフォローを入れておかなくてはな。  ウルリーカには自分たちの事を話していると、アシュリーが言っていた。これからもこんな事があるかも知れないし、エリアスを知るウルリーカには言っておいた方が良いだろうと思い、俺はこの傷を負った経緯を話した。  それを聞いたウルリーカは泣きそうな顔をして、しかしそれを我慢しながらも俺の言うことに耳を傾けてくれていた。   「そうなんや……兄ちゃを……殺すんや……」 「今すぐに、と言う事ではない。エリアスがそれを望み、その時が来たら、だ。」 「そうやろうけど……」 「寂しいのか?」 「まぁ……そうやな……100年程前にお母さんが亡くなって……その時で600歳位やったから、あたしはまだ200年は生きるんちゃうかな? って思ってんねんけど、こんだけ長生きも考えもんやなって思って……」 「俺たちには分かってやれない感覚だからな……すまない……」 「え? あ、ええねん、そんなんは! 生きてても兄ちゃ、あたしに会いに来てくれへんもん! もうあたしの事なんか忘れてると思うし!」 「そんな事はないと思うがな」 「なんでそんなん言えるん?」 「エリアスの作り出したゴーレムと戦って分かったのだが、この帝城にもゴーレムはいる。皇帝の側近がいるだろう? あれはゴーレムだ」 「えっ! そうなん?!」 「前から気になっていたのだ。遠目でしか見たことは無かったが、その側近はウルリーカが側にいると、ずっと目で追っていたからな。俺は側近がウルリーカに好意を寄せていると思っていたのだが、違うかったんだな」 「なにそれ! そんなん知らん! 嘘やん!」 「ゴーレムと戦って、その構築された作りを確認したから分かったのだ。あれはゴーレムで間違いない。きっとエリアスはオルギアン帝国の事を気にして、そしてウルリーカの様子も確認したくてゴーレムを側に置いているのだろう」 「そうなんや……」 「アイツがアシュリーと共に旅をしたウルリーカを忘れる筈はない。きっと元気な姿を見て、一人安心してるだろうよ」 「ホンマにそうやったら……人が悪いわ……」  そう言いながらウルリーカは嬉しそうに微笑んだ。  それでもエリアスを殺す為に生まれた俺たちを、ウルリーカは複雑な表情で見るしかなかったようだ。  責めてくれて良い。俺たちはこの世界の平和を乱しに来たのだから。  だけどそれは俺だけにしてくれないか?  アシュリーにはいつも通りよき友人として、今までと同じにして欲しい。  責められるのは俺一人で構わないのだ……      
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