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愛を乞う
私はここ最近、帝城でずっと療養している。
もうかなり良くなってきていて、まだ傷は疼くけれどゆっくり歩く事もできるし、左手も動かせる。
だからそろそろ白の石を探しに行こうかと思うんだけど、それをディルクとウルに止められている。まだ完治してないから行っちゃダメだって。スッゴく二人で止められる。
怪我をする前は、少しだけどエリアスを感じられた。それが嬉しくて、エリアスを感じる度に幸せな気持ちになっていたんだ。
それが今はエリアスを感じる事が出来ない。
仕方ない。それは分かっている。けど、またエリアスが遠くなってしまったように感じて、気持ちばかりが焦ってしまう。
それは私に残された時間が少ないのも関係している。
いつとか、どれだけ、とかは分からない。けど、傷は治ってきているのに、少しずつ自分の体が動きづらくなっているように感じる。
体中の痛みも頻繁に起こるようになってきたし、けど倒れる程じゃない。だから今のうちに探しに行きたいんだ。
ウルと一緒に行こうって言ってたけど、それは無理かも知れない。本当は一緒に行きたいけれど、こんな私じゃきっと迷惑しかかけないだろう。それに凄く心配されると思う。今でもこんなに心配されているのに、これ以上心配させちゃいけないと思う。
ディルクは仕事が忙しいのか、昼にいない事が多い。それは仕方がない。ずっと傍にいる、と言っても、四六時中一緒にいる訳にはいかないのだ。ディルクにはディルクのやるべき事がある筈だから。
それでもディルクは、昼食時には私の元へ来て、一緒に食事を摂るようにしてくれている。その時はウルも一緒な事が殆どだ。
きっと私を気遣って、寂しい思いをさせないようにしてくれているんだと思う。
私は身分を隠しているから、自由に帝城を歩き回る事も出来ないし、そんな事もあって二人は私に退屈な思いをさせないようにしてくれているんだと思う。
けれどウルも暇な訳じゃない。
する事がないって言ってたけど、ウルはご意見番としての役割と、悩み相談的な役割とを担っている。
なんでも思ったことをズケズケ言うウルだけど、それが助けになっている人が多くいて、ウルに助言を貰いに来る人は割りと多いみたいだ。
私と一緒にお茶しながら喋っている時も、よく
「◯◯様がお待ちです」
とか言われて、ウルは申し訳なさそうに退席していた。
私だけが何も出来ていない。ここで気遣れているだけだ。それがなんだか申し訳なく思ってしまう。
ウルもディルクもいない時は、メイドのメアリーが私の所に来て話し相手となってくれる。きっとディルクの指示でそうしてくれているんだろうけど、メアリーにもするべき仕事がある筈で、私に時間を使うのは無駄じゃないのかって思う。
優しい人達に囲まれて、でも何も返せない自分が情けなくなってくる。
夜、ディルクが帰ってきて、一緒に食事をする時にまた話してみることにする。
「ねぇ、ディルク……そろそろ旅に出たいんだけど……」
「まだ無理だろう? 歩くのもやっとじゃないか」
「そんな事ないよ。歩くのも早くなったし、左腕も使えるようになってきてる。ほら、フォークもちゃんと使えてる!」
「いや、まだ心配だ。そんなに急ぐ事もないだろう? 今まで大変な思いをしてきたんだ。今はゆっくりした方が良いと俺は思うがな」
「でも……」
「アシュリー……何か気になる事でもあるのか?」
「気になるとか……そんなんじゃない……けど……」
「やっと食欲も戻ってきたところなんだ。もう少し体力をつけた方がいい。また誰に襲われるか分からんからな」
「…………」
「アシュリー?」
「分かってる……けど……」
「……では明日、少し外に行ってみるか。俺も少し時間が取れるのでな。一緒にどうだろう?」
「え?! いいの?!」
「あぁ。ずっと部屋に籠りっぱなしも気が滅入るだろうしな。ウルリーカも誘おうか?」
「うん!」
「ハハハ、アシュリーはやっぱり外が好きなのだな」
「だって、ずっと旅をしていたんだから、それは仕方がないじゃないか。一つの所に留まるのは5歳の頃以来無かった事だし……」
「そうだな……また旅をする人生を送る事になってしまったからな。アシュリーには慣れた事だったろうが、母さんには大変な事だったんじゃないか?」
「うん。前世で旅に慣れてたから私は何も問題なかったんだけど、お母さんは何も分かってなくて……だから私が頑張らなくちゃって思って……でもそれがいけなかったんだ……」
「そんな事は……」
「私の能力をお母さんが知ってから……二人で旅をするようになって、村へ立ち寄った時なんだけどね。私がうっかり右手で村人の女の人を触っちゃったんだ。そしたらその人、私の言うことしか聞かなくなって……お母さんはそれを見て、私に何をしたのか、何が出来るのかを問い詰めてきたんだ。正直に話したんだけど、その時から私に触れなくなって……」
「そうだったのか……」
「きっと私のことを怖いって思ったんだと思う。いつも少し距離を置いて歩くようにもなったし。一度ね、お母さんが魔物に襲われそうになって、お母さんを庇おうと私が腕を掴んだんだ。そうしたら、魔物に出会った時より大きな声で叫ばれちゃって……」
「アシュリー……」
「魂を奪うって、そりゃあ怖いよね? 仕方ないよね? 分かってるんだ。だからそれから少しして、私から逃げるようにお母さんは結界から出て行って……それで盗賊に殺されて……私がお母さんを殺したようなもの……」
「アシュリー違う! そうじゃない! もう良いから、もう言わなくて良い!」
不意にディルクは私の元へ来て抱きしめた。
今はエリアスが付けてくれた腕輪があるから、私は誰にでも触れる事ができる。でも、それが無かった時でも、精霊の血をひく者であれば、触れる事は出来たのだ。それは精霊の血をひかないけれど身内である父であってもだ。
けれど、母は私に触れなかった。私がいたせいで村を焼かれ、母の父である村長を殺され、愛する人と離れ離れになり、誰かも分からない追っ手から逃れるように旅をする羽目になったのだ。
母はきっと……私を恨んでいた……
あれから……母が私に触れなくなった6歳の頃から、私は誰にも触れる事なく、触れられる事なく生きてきた。手を繋ぐ事も出来なくて、幼かった私は母に置いてきぼりにされないように、母の後ろを走りながらついていったのを今でもよく覚えている。
私の前を足早に歩いて行くあの後ろ姿が、私の一番多い母の記憶だ。
求めても愛されないって事がこんなに辛いんだって、私はあの時思い知ったんだ。
だから今、こうやって私を抱きしめてくれるこの存在が愛おしい。
感じる体温が、胸の鼓動が、こんなにも心に安心感を与えてくれる事を、母に触れられなくなったあの頃から忘れていたのだ。
無くしたくない。
やっぱりディルクを無くしたくない。
どうしたらこのままでいられるんだろう?
私はどうすればいいんだろう……
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