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謝罪
『烈火の闘牛亭』という食堂で食事中、ある冒険者風の男に孤児院にいた男だと勘違いされた。
その男は私と似ているらしくって、今いる『聖女』と言われている回復術士も私に似ているらしかった。だから兄妹と間違われたんだろうけど、そんなに似てると言われれば気にもなってくる。
「そんなに姉ちゃに似てるんや……ホンマに姉ちゃくらいキレイな人ってなかなかおらへんから、あたしもめっちゃ気になるわぁー!」
「そんなキレイとか、そんな事は……」
「いや、俺も気になる。アシュリー、孤児院は前世で行った事があるのだろう? 確認ついでに行ってみないか?」
「あ、うん、それは構わないけど……」
「ほな、ここ出たらまずは雑貨屋に行こか! で、それから孤児院行こ! ディルクは行きたい所はないん?」
「俺はアシュリーの行きたい所に行きたい」
「ホンマ、ブレへんな」
そんなふうに楽しく話をして、それから食事が終わって店を出て、近くにあった雑貨屋へ行った。そこでウルは御守りを見ていた。ディルクはアクセサリーを見ていた。私は魔道具が少し置いてあったのでそれを見ていたら、店員の女の子が私にピッタリくっついて魔道具の説明をしだす。前にもこういうことがあったな……
見るとディルクにも他の店員の女の子がついていて、色々説明されていた。ディルクは笑ってそれを聞いている。誰にでも優しいんだな。ディルクは。
「あの、何か不手際がありました?」
「え?」
「いえ、あちらを見て怒ってそうでしたので……」
「いや、そんな事はない。あ、この魔道具なんだけど……」
そうやって説明を聞いて、他にも色々見てまわる。
各自、目ぼしい物を見つけたみたいで、それぞれで購入し店を出た。
その次は言ってたように、孤児院へ向かうことにする。孤児院は街の南側にある。歩いていくと、前は畑ばかりの場所だったのに今はここら辺も店がいっぱいあって、随分と変わったんだなと感じた。
教会が見えて、その隣には孤児院がある。400年前と変わらず同じ建物で古びているようにも見えない。復元魔法でも施されているのだろうか。それが使えるのは……エリアスだ。
そう言えば、さっきの『烈火の闘牛亭』もそうだった。建物自体は400年前と然程変わらなかった。400年も経てば普通は老朽化するし、別の建物になっていても可笑しくない。それがあの頃のままということは、この街全体的に復元魔法が施されている、ということなのではないだろうか?
復元魔法は回復魔法の一種だ。上位の回復魔法を操る者であれば使うことができるだろうけど、普通はそのレベルまで到達する事はない。
今まで使えた者は、緑の石を手にした時の私とエリアスだけだった。
今は緑の石はダンジョンの中にあるけれど、それまではエリアスが持っていたのだ。そして、緑の石が無くなった今でも、エリアスはきっと復元魔法を使うことができるのだろう。元より能力の高い人だった。だから今まで使えていた力を我が物にする事は容易かったのではないだろうか?
そんな事を考えながら孤児院を眺めていると、中から女の人が出てきた。その人を見て、ディルクとウルは驚いた顔をする。
「ホンマに姉ちゃに似てるやん……」
「兄妹と言われても疑わない程だな……」
「え? そう? そんなに似てる?」
「え? 分からへんの? むっちゃ似てるやん!」
「自分の事はよく分からないから……」
「全く……アイツの好みは今も変わらずか……」
「え?」
「アシュリー、あれはゴーレムだ」
「ん? なに? ゴーレム……あぁ、本当だ」
「えっ?! ホンマに?! あれ、作り物なん?!」
「アシュリーも分かるか。そうだ。あれはエリアスが作ったゴーレムだ」
「だから姉ちゃに似てるんかー。なんかそう思うと笑ってまうわー。兄ちゃ、分かりやす過ぎるやーん!」
「えっ、じゃあ、前にいた私にソックリな男って言うのは……」
「それもゴーレムだったのだろう。定期的にこうやって見た目を変えているのだろうな。でなければ英雄を割り出されるかも知れないからな」
「英雄?」
「ディルクっ! 彼女が英雄の一人なのか?!」
「そうだ。あれは倒さねばならないエリアスの作り出した英雄だ」
「え?! せやけど、何も悪いことしてないのに?! それどころか、人々を助ける為に働いてるのに?!」
「まぁ、英雄とはそんな立場だから名付けられたのだけどな」
「あの英雄を……彼女を殺す……」
「アシュリー、あれは人ではない。ゴーレムだ」
「うん……分かってる……分かっているんだ……」
エリアスが人々を守る為に作り出したゴーレム。そうだ。私はそのゴーレムを……英雄を倒さなければいけないのだ。それはエリアスを助ける為に必要で、それが私のすべき事で……
そう思っていたら突然、胸が痛くなって、それが全身に広がっていく感じになっていって……
呼吸が荒くなって、立っているのも難しくなったのをディルクが察した。
「アシュリーっ!」
「姉ちゃ! どうしたん?!」
「だい、じょうぶ……」
ディルクが私を支えるようにして抱きしめる。ウルは回復魔法を私にかけてくれるけど、それは効果がなくて……ウルが心配そうに私を見る。その事に申し訳なく感じて、ウルを安心させるようにニッコリ微笑む。
「ディルク……少しあの木の下の木陰で……休みたい……」
「あぁ、分かった。戻らなくていいのか?」
「うん……少しだけゆっくりできたら……大丈夫だから……」
「姉ちゃ、体が冷たくなってる! ちょっと待ってて!」
ウルはそう言って走って行った。ディルクは私を抱き上げて木の方へ歩いていく。その様子を『聖女』が見ていて私と目が合った。気になったのか、『聖女』はこちらの方へ来た。
「あの、大丈夫ですか?」
後ろから声をかけられて、でもディルクは振り返りもしないで
「問題ない」
と一言だけ行って、『聖女』を拒絶するかのように歩いて行った。私は心配そうにする『聖女』を思わず見つめてしまう。
これがゴーレム……私が倒すべき相手……
ディルクに拒絶された『聖女』は、気にしつつも踵を返しその場を去って畑にいる子供達の方へと行った。
ディルクは木を背にして座り、私を膝に乗せたまま抱きしめる。凄く心配そうな表情で私を見ている。なんだか申し訳ない……
少ししてウルが帰ってきて、温かそうな膝掛けと温かい飲み物を買って持ってきた。
「ありがとう、ウル。ごめんね? もう大丈夫だから」
「無理しやんといて? それと、そんなにすぐに謝らんでいいからな?」
「うん……」
ウルが買ってきてくれた膝掛けをして温かいミルクがたっぷり入った甘めのお茶を飲むと、体が少し温かくなってきた。それから少しして眠くなってきて、私はその場で眠ってしまったようだった。
せっかくここまで一緒に来てくれたのに、ウルは他にも行きたい所があったのかも知れないのに、またこうやって迷惑をかけてしまって……
気づくと見覚えのある天井が見えた。
あぁ、そうか。帝城へ戻ってきたんだな。あれから私は眠ってしまって……
自分の体力の無さに苛立ちを覚える。ディルクの言うとおり、まだ療養する必要があるかもしれないけど、そうしている時間が勿体ない。
あのゴーレムを……あの英雄である『聖女』を、私は倒さないといけない。
エリアスが作り出した、私に似ているという優しそうな女の子の、あの『聖女』を。
私は殺さなくてはいけないのだ。
「ごめん……エリアス……ごめん……」
それはエリアスを解放する為に必要で、その為に私は生まれてきた訳で……
けれど、エリアスが作り出したこの世界の平和を壊せば、平和に慣れきった人々は困窮するのではないか、その為に命を落としてしまう人もいるのではないか、そんな考えが胸を締め付ける。
「私は本当に『禍の子』なんだな……」
また痛くなってきた胸を手で押さえて、その事実を受け入れなければと思いながらも暫くはその場で動けずに、私はただ届くことのないエリアスへの謝罪の言葉を繰り返し口にする事しかできなかった……
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