基盤となる愛

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基盤となる愛

 イルナミの街にアシュリーとウルリーカと共にやって来た。  まだアシュリーは体調が万全ではないが、それでも外に出られた事が嬉しかったのか、ゆっくり歩きながらも見える景色に嬉しそうにしていた。    イルナミの街で食事中に聞いた『聖女』の言葉に、思わず話をしていた冒険者風の男達の方を見る。それとなく聞いていると、この街には『聖女』がいるらしかった。  その男の一人がアシュリーを見て『聖女』の兄妹かと聞いてくる。前にいた奴と似ているからだと言うが、今にもアシュリーの肩に触れそうな男に苛立ち、つい威圧を放ってしまった。  そうすると男は元いた場所へと戻って行ったが、俺のアシュリーに簡単に触れようとする等言語道断だ。  しかし、ここで騒ぎを起こす訳にはいかないので、それからは冷静を保つことにする。  雑貨屋に行った後、孤児院へと向かった。そこで見た『聖女』に、思わず絶句する。あの男達が言ってたように、アシュリーに凄く似ている女の子がそこにはいた。  そして、その『聖女』はゴーレムだと気づく。予想はしていた。前世の世界より、現在のこの世界は魔法力は衰退していっている。強くある必要がなかったからだ。そんな中で足を復元出来る程の回復魔法を使える者と言うのであれば、それは英雄と呼ばれるエリアスが作り出したゴーレムの可能性が高かったのだ。  英雄となれば、それは倒さなくてはならない。その事に気づいたのか、アシュリーが突然苦しみだして倒れそうになったので思わず抱き寄せる。  エリアスを気遣ってなのか、アシュリーの目線は『聖女』を見つめたままで、凄く辛そうな顔をしていた。  抱き上げてアシュリーが言うように木の下へ向かったが、その様子を見た『聖女』に大丈夫かと声をかけられる。俺はこのアシュリーに似たゴーレムを倒さなくてはならないのだ。ここで情にかられている場合ではない。意思をしっかりさせなければならない。だから顔を見ないように振り向きもせず問題ないと一言告げ、少し威圧を放った。そうすると『聖女』は向こうへ行ったようだった。  アシュリーはあのゴーレムを倒すを思い悩んでいるのだろう。大丈夫だ。俺があのゴーレムを倒す。アシュリーは気にしなくてもいいんだ。  そう思いながらもそれは伝えずに、木の下でアシュリーを抱きしめる。暫くしてウルリーカはアシュリーの為に膝掛けと温かい飲み物を買ってきてくれたが、少ししてアシュリーは意識を失った。  仕方なく、空間移動で帝城まで戻ってきた。  アシュリーは楽しそうにしていたが、きっと無理をしていたのだろう。もう少し俺が気遣ってやれば良かった。  医師を呼び、傷痕の様子を確認してもらい、薬を用意させる。  その様子をウルリーカも心配そうに見ていた。ひとまず治療が終わったので、寝室を出て居間で一息つく事にする。 「なぁ、ディルク……姉ちゃはどっか悪いん?」 「いや……悪いという事ではないが……」 「じゃあ、怪我のせいでああなったん?」 「おそらくそうではない」 「じゃあ、なんなん?! ディルクは知ってるん?!」 「アシュリーは……リュカの魂を抱えて生まれてきた。元より一つにも満たない魂が、自分より大きな魂をその身に余分に抱えているのだ。負担がかからない訳がない」 「えっ……! そうなん?! じゃあどうなんの?! 姉ちゃはリュカを生むつもりで?!」 「そうだろうな。エリアスにリュカを返してあげたいと言っていた」 「ほな、早く兄ちゃに会わなアカンやん! で、早くリュカを生んであげないと! そうしな姉ちゃが持たへんのんちゃうの?!」 「そうだな。だから俺も今必死で探している。本当はアシュリーの傍にいてやりたいのだが……」 「そやったんか……仕事より姉ちゃの傍にいてあげたら良いのにって思ってたけど、そういう事やったんやな……」 「それが俺たちが生まれた理由だからな」 「そらしゃあないわ……けど気になったんやけど、姉ちゃはなんであんなに私らに気遣うん?なんか、謝ってばっかりするやん?」 「それは……憶測でしかないが、母の影響だと思う」 「どういう事なん?」 「俺たちは知っての通り、5歳の頃に村が襲われた事で逃げ出し、俺は父と、アシュリーは母と別々に離れてしまった。それから俺は父が皇族だった事でここに来る事になったが、アシュリーと母は旅をしながら逃げ、そして俺たちを探していたそうだ」 「どこにいるか分からん人を探すんは大変やったろうな。誰かも分からん追っ手に追われるのも、気が気じゃなかったやろうし」 「そんな二人だけの旅だったのに、母はアシュリーには優しく出来なかったようなんだ」 「え? なんでなん? 自分の子やん」 「ウルも知っているとおり、俺たちは精霊の血をひく者だ。だからその能力は高い。けれど、過剰な能力を宿しているから、人に容易く触れることが出来ないのだ」 「それは知ってる。前もそうやったもんな。姉ちゃの今の能力って?」 「右手で触れると記憶を操る事ができて、左手で触れると魂を奪ってしまう」 「魂を奪う?!」 「それが母には恐怖だったようだ」 「え?! でも身内やったら触っても大丈夫やん!」 「それでも怖かったようだな。魔物に襲われそうになっていた母を助ける為に触れたら、魔物を見た時より大きな声で叫ばれた、と言っていた」 「そんなこと……」 「きっとそれ以外にも色々あったのかも知れない。アシュリーは母に愛情を貰えなかったんだ。親からの愛情は基盤となる。その基盤が無いと、途端に自分の存在は軽く思えるのではないだろうか」 「姉ちゃは自分のこと、自分なんかがって思ってるって事?」 「そうだと思う。唯一触れられる母から拒絶されていたのだ。根底にあるべき愛情の基盤がない状態だと、人は自分に自信が持てなくなるのだと、俺は思う」 「そんなん……! でも、姉ちゃはディルクに愛されてるし、兄ちゃにも愛されてる筈や! 勿論あたしも姉ちゃの事大好きやし!」 「俺はアシュリーの半分だからな。お互いを求めるのは当然だと思っているんじゃないかな」 「じゃあ兄ちゃは!?」 「エリアスはアシュリーに接触している。けれど、アシュリーに姿を見せようとしなかった」 「え?! それはなんでなん?!」 「詳しくは分からんが、恐らくエリアスが関わる事がアシュリーの幸せなのかどうかを気にしていると思う。ウルリーカの前に姿を現さない理由と同じように感じるのだが」 「なんやねん、それ! そんなんしたら姉ちゃ、余計に不安になるやん! 姉ちゃは大変な思いで生まれてきたっていうのに!」 「アイツはそんな事知らないからな。アシュリーの前に現れないのは、アイツなりの優しさかも知れんが……」 「そんなん優しさちゃうわ! ただ怖がってるだけやんか!」 「本当に……エリアスに会ってガツンと言ってやりたいところだが、なかなかアイツにたどり着けなくてな。だが今日は英雄と呼ばれている『聖女』に会えた。イルナミの街へ行きたいと言ったアシュリーに感謝しなくてはな」 「あの『聖女』を……殺すんや……」 「それが俺たち……いや、俺の役目だ」 「兄ちゃにたどり着く為に?」 「そうだ。アシュリーはエリアスの魂を解放する為に生まれたのだ。英雄の胸に埋め込んでいる魔石に、もしかしたらエリアスは自分の魂を付与していたのかも知れない。そうやって自分の力を与えている可能性がある」 「え?! そんなんできるん?!」 「分からない。けれど、アイツは不可能を可能にしてきた奴だ。いくら高ランクの魔物の魔石を埋め込んだとしても、足を復元出来る程の回復魔法が使えるとは思えんからな」 「そうかも知れんけど……」 「だから余計に英雄と呼ばれるゴーレムを倒す必要がある。エリアスの魂を奪ったとしても、それが完全に一つじゃないと天には還れないからな」 「そうなんや……」 「俺たちがしようとしている事は、この世界の平和を崩していく事だ。助けられる命を見殺しにするようなものだ。咎められても仕方のない事だと分かっている。俺を責めてくれても構わない」 「そんなんは……!」 「だが、アシュリーとは今までどおりにしてやって欲しい。誰にも触れられなかったから、アシュリーには親しくできる人が今は俺たちしかいないのだ」 「そんなん当然や! 言われんでもそうするっちゅーねん!」 「あぁ、ありがとう」 「お礼とか……そんなんいらんわ……」  俺の母さんの記憶は、優しくて穏やかでいつも笑っていて、父さんを本当に愛していて、狭い世界の中であったが、いつも幸せそうにしている姿しかなかった。  ただ、母さんは箱入り娘だったみたいで、何をするにも不器用で、感情の起伏が激しい時もあったのを少しだけ思い出した。  頼りにできる人がアシュリーしかいない状態で、だけどそのアシュリーに触れると魂を奪われるかも知れないと思って恐怖に感じ、慣れない旅に誰に捕まるかも分からない状態では、精神を病んでも仕方のなかった事かも知れない。  それでも……  母さん  貴女にはアシュリーを愛していて欲しかった  
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