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魂の一部
帝城にある部屋の天井。
またこうやってそこを私は眺める事しかできないのかな。いや、それはダメだ。こんな所でゆっくりしている場合じゃない。
体の不調って、凄くもどかしいんだな。自由に動けるって事は、凄く有難い事だったんだ。自分の体がこうなって、初めて今まで普通に出来ていた事は当たり前の事ではなかったんだと気づく。
だけど、だからと言ってずっとここにいる訳にもいかない。あの『聖女』を倒しに行かなければならないのだ。エリアスが作り出した、イルナミの街を守る為に作り出した癒しのゴーレムを……
ゆっくり起き上がって、側に置いてあるベルを鳴らしてメイドのメアリーを呼び出す。すぐにメアリーは扉をノックしてやって来た。
「アリア様、お呼びでしょうか?」
「あ、うん。その……ルディウスは今日は仕事なのかな?」
「えっと……そうですね、午前中は執務室でお仕事をされていて、午後は出かけられたようですね」
「そうか……じゃあウルは?」
「ウルリーカ皇太后様ですか? そういえば本日はこちらにいらっしゃってませんよね? いかがなさったのでしょう?」
「分からないけど……ウルも忙しいんだな……」
「あ、そうです! ウルリーカ皇太后様は定例会議に出席なさっています!」
「そうなんだな……分かった。ありがとう」
「あの、私で良ければお話相手をさせて頂きますが……」
「いや、大丈夫だ」
「分かりました。ではお茶をお持ち致しますね! 帝都で人気のお菓子も入手したんですよ! 美味しいですよ! 一緒にお持ち致しますね!」
「あ、それはまた後でいい。欲しくなったら言うから、それまでは一人にしてくれないかな」
「そうですか……畏まりました」
少し残念そうな顔をして、メアリーは礼をして出て行った。
でもそうか。やっぱり二人は忙しいんだな。昨日無理言って外出したから、仕事が貯まっているのかも知れないし。
本当に私の存在は迷惑でしかない……
着替えをして、装備をつける。
うん、下腹部と左腕の痛みは大丈夫だ。問題ない。
行かなければ。
イルナミの街へ。
空間移動で、昨日来たイルナミの街の孤児院の前までやって来た。
辺りを見渡すけど子供も『聖女』もいなかったので、孤児院を訪ねる事にする。
扉をノックすると、中から小さな女の子がなんの躊躇もなく扉を開ける。無用心だな。私が悪い奴だったらどうするんだ? まぁ、ここの子達にすると私は悪い奴なんだろうけど……
「はい、だれですか?」
「こんにちは。……あの、聖女様はいるかな?」
「せいじょさまは、いません!」
「おい、カンナ! 勝手に開けちゃダメだって言ってるだろ?! 悪い奴だったらどうするんだよ!」
「ごめんなさい……」
後ろから大きめの男の子がやって来て、カンナと呼ばれた女の子を窘めた。うん、こう言うことって大事だからな。
「あの、聖女様はさっき男の人が来て出かけて行ったんだ」
「男の人?」
「うん。背が高めの、髪が濃い青色の人だったぞ」
「背が高くて髪が……濃い青色……え?! そ、その人と聖女様は何処に行ったんだ?!」
「え? その、何処かは分からないけど……あ、あっちの方へ行った」
「ジョーイ、何方ですか? 貴方も勝手に行き先を言ってはいけませんよ」
少年は南の方を指さしていた。そこは南門があって、そこから出ると森が広がっていた。多分今もそうだろうと思う。
『聖女』を訪ねて来たのは恐らくディルクだろう。
ディルクの目的は……
「ディルク……私の代わりになんて……そんな事しなくて良いんだっ!」
「あの、貴方は……」
シスターの言葉に返す事なく、すぐにその場を後にして足に風魔法を纏って走り出した。下腹部がズキズキと痛みだすけど、今はそんな事を言ってる場合じゃない……!
急いで南門を出て、耳を澄ます。
木々の葉の擦れる音……小鳥の囀り……虫や動物が生活している音の他に違う音を聞き分けようとするけど、痛みが増してきて冷静になれない……!
「ディナ!」
思わず空間を操る精霊、ディナを呼び出した。ディナは妖艶で、紫の髪が麗しい美しい精霊だ。
「アシュリー、どうしたの?」
「ディナ! ディルクが近くにいると思うんだ! 何処にいるか分からないか?!」
「ディルク……あら、あの子も生まれ変わってここにいるのね? ふふ……良いわ、探してきてあげる」
前世でディナはディルクについていた精霊だ。だから近くにいるのだとすればすぐに探し出せると思う。
ズキズキと痛む下腹部を手で押さえながら、木にもたれ掛かって呼吸を整え、ディナの帰りを待つ。
少ししてディナが姿を現した。
「アシュリー、見つけたわ。早く助けておあげなさい」
「え……?」
ディナがそう言うと、空間が歪み出した。そこを抜けると、その場所は今までいた森の何処かだと思われるけど、木々が倒されていたり枝があちこちに千切れて落ちていたりして、ここで何かと戦ったのだと容易に想像できてしまう程だった。
そこにディルクが倒れていた。口から血を流して、至るところに切り傷があってグッタリしていた。
「ディルクっ!」
すぐに駆け寄って上体を起こすようにして支える。それから回復魔法を施すと、身体中にあった傷が少しずつ治っていって、出血も止まっていった。良かった……
ディルクはゆっくりと目を覚まして、体を起こし私を見る。
「ディルク! ディルク大丈夫?!」
「……アシュリー……?」
「なんでこんな事っ!」
「いや……それより、なぜアシュリーこそこんな所にいる?」
「だってそれは……私が倒さなくちゃいけないから……!」
「そんな事をアシュリーがする必要はない。俺が引き受ける。とは言ってもこのザマじゃな……ハハハ……」
「笑い事じゃない! こんな怪我をしてっ!」
「アシュリーが助けてくれたじゃないか。もう平気だ」
「あの『聖女』を……倒したの……?」
「あぁ……」
「ごめん! ディルク!」
「なぜアシュリーが謝る? 俺は俺がそうしたいからした迄だ。アシュリーが気に病む事はない」
「でも……!」
「アシュリーと俺は一つなんだ。アシュリーだけが全てを背負い込む必要はない」
「でもディルク! この世に生まれて来たのは私の想いからで、ディルクはそれに付き合わされているだけじゃないか!」
「そんな事はない。アシュリーが幸せを感じると、俺も幸せなんだ。だからこんな事で泣かないでくれないか」
「こんな事とかじゃ……ない……」
ディルクが私を抱きしめる。
この世に生まれて来たのは、私のワガママだったんだ。だから私が倒さなくちゃいけなかったのに……!
申し訳ない思いと、傷だらけで倒れていたディルクを思い出すと怖くなったのとで、涙がポロポロ溢れてきた。
ディルクはそれを拭ってくれて、私を見て微笑んで……それから優しく口づけた……
「ディルク、それは……!」
「あぁ……すまない、つい……」
「ついって!」
「ハハハ、俺とアシュリーは一つなんだ。自分自身にしてるようなものだろう?」
「そう、かも知れないけど……!」
「愛してるんだ」
「え?」
「俺は今も変わらず、あの頃と同じ気持ちでいる」
「ディルク……」
「大丈夫だ。分かっている。俺がアシュリーに何かを要求する事はない。あ、こうやって勝手に外出はやめて欲しいがな」
「それは……ごめんなさい」
「もっと自分を労って欲しいしな」
「はい……あ、そうだ、倒した『聖女』はどこに?」
「そこに土があるだろう? 魔石も落ちている」
「本当だ」
立ち上がって行こうとするけど、下腹部が痛んで崩れ落ちるようにしてまたその場に膝を付いてしまった。
「アシュリー! まだ痛むのだろう?! 無理をしないでくれと頼んだばかりだ!」
「うん……でも大丈夫だから……」
ディルクが先に立って、私を支えるようにして立ち上がらせてくれる。肩を支えられるようにして歩いて、すぐそこにある森の土とは違う色の土がある場所まで行って、ディルクは魔石を拾い上げた。それを私に手渡す。
「これがゴーレムに埋め込まれていたんだな」
「そうだ。恐らくエリアスの魂の一部も宿っている」
「うん……エリアスを感じる……」
魔石を両手で包み込むように持って、自分の胸に抱く。不思議と心が安らいでいく。エリアスを感じられたのが嬉しくて、暫くそのまま動けなかった。
その後ディルクと共に帝城へ戻り、私はまた強制的にベッドで寝かされた。
でもずっと魔石を持ったまま離すことができなくて、胸に抱きしめたまま、幸せな気持ちになって眠ることができたんだ。
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