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操る力
ロヴァダ国の王都にある王城。
ここで俺は国王と呼ばれる男、バルタザールの動向を観察している。
デップリとした体格。年は30代後半くらいか。髪は金色だが頭頂部が薄くなってきているな。それを何とか横から髪を持ってきて隠してる感じが痛ましい。しかし鼻の下がのびてる所とか鼻の横のホクロとか、マジで助平っぽく見えて男から見てもキモいと感じてしまう。それの相手をさせられてる女の子に同情しちまうな。
虐げられている奴隷の女の子には、密かに回復魔法をかけている。目立って怪我を治すとバレるから、分からない程度にして、けれど痛みを取るようにしてやる。それと、外部からの刺激に痛みを感じないように、体の表面に薄く結界を張ってやる。これで暫くは大丈夫かな。
すぐに助けてやれなくてごめん。心の中でそう詫びておく。
ヴィクトールと話をしていたバルタザールだが、ヴィクトールの忠告に一切耳を貸さなかった。こいつはいつもこうやって、自分の意見のみを通してきたんだろうな。
ヴィクトールは俺の言葉を何とか伝えて、それ以上居続けると何をされるか分からない、といった具合に逃げるように退出した。
それからもバルタザールはヴィクトールの言葉にイラつきながら、そこにいた女性に奉仕させながら、一人一人凌辱していく。
それはこいつにとっちゃぁいつもの事なんだろうけど、見てるこっちの気分が悪くなってくる。奴隷の女の子も、目を逸らして下を向く。この子だけでも早めに助けてやらなきゃな。
そうやって己の欲望を吐き出してから、バルタザールはやっと動き出した。侍従を呼び出し、近衛隊長を呼ぶように言う。まだベッドに横たわったままの女性達に
「さっさと出ていけ!」
と一喝し、足元にいた奴隷の子を蹴りあげた。
女性達は急いで服を手にして走って部屋を出ていく。残されたのはボロボロになった女の子だけだが、何にイラついてるのか、執拗に女の子を何度も足蹴にする。
けど、さっき俺が結界を這わしておいたから、女の子は見た目よりダメージは無いはずだ。
そんな事を繰り返していると、漸くバルタザールは怒りが落ち着いたのか疲れたのか、ソファーにドカッと座って流れる汗を拭った。
少女は身を守るようにして体を丸めて震えていた。痛さは軽減できても、されている事は酷い事に変わりはない。恐怖心に襲われても仕方がないだろうな。
そうしていると近衛隊長がやって来た。
「バルタザール国王陛下様! お待たせ致しました!」
「遅いわ! どれだけ待たせるつもりか!」
「申し訳ございませんっ!」
「……まぁよい……お前は禍の子の消息は分かっているのか? いや、それだけではなく禍の子に関して分かる事を述べてみよ」
「は! 先日ヴィクトール様が気配を察知し、近くにいた兵士達に向かわせたのはシアレパス国の国境沿いの街でした。そこで禍の子を見つけ、捕らえようとしたそうですが、逃げられてしまったそうです」
「逃げられるとは何事か?! その兵士達や兵隊長はどうしているのか!」
「それが……何者かに術をかけられたようで、ヴィクトール様に危害を加えそうでしたので処分させて頂きました」
「向かわせた兵士達もか?」
「さようございます」
「……まぁ良い。それで禍の子の事は他に分からんのか?」
「その場にいた術者が一人、耐性があったようで術に完全に飲まれなかったようです。その者から聞いた報告では、禍の子は男の格好をしており、見目麗しい姿であったとの事でございます。逃走されましたが、逃げられる間際に矢を放ち、腹部と腕を負傷させたと報告がされております」
なに?! アシュリーは矢を腹にも受けてたのか?! 何してくれてんだよ?!
思わず声を出してしまいそうなのを、何とか堪えて落ち着こうとする。けど怒りが沸々と湧いてくる……ダメだ、抑えろ! 俺!
「そうか。ならもしかしたらもう死んでるのかも知れぬな。いや、それならヴィクトールがそう言うか。だが負傷させたのであれば当分は動けまい。その間に探すのだ!」
「しかし今どこにいるのかは……」
「ヴィクトールに予言させるが良い! 必ず見つけ出せと言っておけ!」
「は、はい! 畏まりました!」
近衛隊長は勢いよく礼をして、すぐにその場を去った。バルタザールはテーブルに置いてあった菓子をまた口に頬張り、クチャクチャと音をたてながら食べだした。
「ふ……はは……見目麗しいだと? なら余が味見してくれようぞ……余に可愛がられる等、この上ない幸せぞ……」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中でプツリと音がした。ダメだ。もう無理だ。こいつを改心させようとか思ったけど、それは無理だ。
俺のアシュリーに傷を負わせておいて、なんだったらアシュリーを味、見……ってダメだ! 考えるな! アシュリーがこいつに、あんなことやこんなこと……って想像するだけで怒りがMAXになってくる!
許せねぇ! 俺はこいつを……!
「な、んだ……?! 貴様っ! どこから入ってきた?!」
「ずっといてたぞ? お前の様子を見てたんだけどな。お前最悪だな……」
堪らずに姿を現した俺を見てバルタザールは驚くが、すぐに俺に向かって土の槍を放ってくる。それをすべて無効化し、何事もなかったようにしてやる。
次に氷の矢も飛んできた。無効化してやった。
炎の塊を飛ばしてきた。これは無効化せずとも俺の体に吸収されていった。炎の精霊インフェルノの好物だからな。
その様子を見て、バルタザールは段々顔を青ざめさせていく。この男は魔力は高いし、魔法のレベルも高めだ。王と言うことで、今まで本気で攻撃された事はないんだろうし、本気で攻撃した事もないんだろう。攻撃が効かなかった時はどうすれば良いのかなんて、この愚鈍な男には分からなかったんだな。
「な、なん、なんなんだ、お前はっ! 皆の者……」
「俺はお前らの言う英雄って奴らしいぞ? あ、お前の発する音を消したから、誰にも助けは呼べねぇぞ」
「…………!」
「俺、言ったよなぁ? 禍の子に手を出すなって。部下の忠告くらい聞いてやれよ」
「…………!」
「これでも俺、ずっと我慢してたんだぞ? それも限界だった。俺はお前は更正しねぇと判断した。な、そうだろ?」
「……、…………っ!」
「なるべくなら自身を尊重したかったんだけどな……」
そう申し訳なさそうに言いながら俺は右手の力を解放させて、バルタザールの頭に手をやった。俺の右手は触れると、触れた人を操ることが出来る。本当はなるべく使いたくない力だ。
俺の意のままに操る。そんな事に慣れりゃ、俺は本当に人の心を失ってしまう気がする。だからなるべく使わないようにしていた。けれど、こいつがアシュリーにした事が許せなくて、俺は右手の力を使ってしまった。
違う、アシュリーのせいじゃない。俺が弱いだけだ。俺の心が未熟なだけなんだ。
目の前で呆然と立ち尽くすバルタザールを見て大きく息を吸って、それから心を落ち着かせる。
この国を立て直す。腐りきったこの国を。もうアシュリーに手は出させない。
アシュリーは俺が守る!
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