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空蝉
俺には仲の良い女友達が一人いる。
大学入学当初に行われたレクリエーションで、同じ班になったのが切っ掛けで仲良くなった。知らないメンバーで少しばかり緊張している俺に、彼女は明るく話し掛けてくれたのを二年経った今でもはっきり覚えている。
顔もスタイルもそこそこな友人だが、彼女の性格がそうさせるのか、変に神経を遣う必要もなく、なにより一緒にいて楽しかった。
「ーーあの二人、絶対に付き合ってるわ」
授業が終わり、ラウンジで二人で寛いでいる時に、彼女は唐突に言った。
スマホゲームに夢中になっていた時に話し掛けられた為、「ふーん」と適当に相槌をする。
「ねえ、私の話を聞いてる?」
「うん、聞いているよ」
「じゃあ何て言ったか当ててみて」
「えーっと……どっかの二人が付き合ってるとかなんとか」
「……ちゃんと聞いてたのね」
「当たり前じゃん! お前の話、聞いてない時なんてあった?」
「……ない、とは言い切れない」
「そこは言い切れよ」
目の前の彼女がいじける前に、ゲームを止めスマホをポケットにしまう。
「で、誰と誰が付き合ってるんだって?」
「あの人とあの人」
彼女はそう言って、少し離れた距離に座っている男女二人を指差して行った。
「いや、ただ二人で楽しそうに雑誌見てるだけじゃん。付き合ってるとは言えないね」
「じゃあ、ただの友達? 見てる雑誌はあの色合いからして、百パーセント旅行雑誌よ? それに、男女の友情は成立しないって良く言うんじゃん」
「旅行はゼミやサークルメンバーで行くもので、あいつらはその幹事かもしれない。それに男女の友情が成立しないなら、俺達はどういう関係なんだよ?」
「……友達……?」
「そういうこと。はいはい、つまらない話は終了ね」
「つまらない話じゃないもん。そういえば、前にバイト先に可愛い子が入ったって言ってたけど、結局どうなったの?」
「どうなったって言われても、何もないよ」
「その子から告白されたら付き合っちゃうの?」
「うーん、どうかな。顔はタイプだけどね……。まあ、今は彼女とかいないしなぁ」
俺はそう言って二ヶ月ほど前にアルバイト先に新しく入ってきた一つ年下の女の子を思い出す。仕事ぶりから見て性格は悪くはなさそう。顔は好みど真ん中な感じ。可愛いなとは思う。でも、付き合いたいかと聞かれれば悩むところだった。
「まあ、彼女が俺に告白することはないだろ」
「わかんないじゃん。あなたは時に優しすぎる部分があるからね」
「はいはい」
彼女の言葉に適当に返事をしたら、小さく睨まれた。
「ーー好きです、付き合って下さい」
「え……?」
その日のアルバイトが終了後、友人と昼間に話していた新人から告白された。
「付き合ってる人はいますか?」「好きな人はいますか?」と矢継ぎ早に言われ、返事に戸惑っていると、「いないのなら、お試しで良いので付き合って下さい」と言われた。
性格は悪くないだろう。
見た目もタイプだ。
そして、俺には彼女も好きな人もいない。
断る理由がなかった。
「まあ、良いけど」
そう返事をしたら、彼女は嬉しそうに笑った。
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