ただの偶像崇拝

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ただの偶像崇拝

「最近、キレイになった?」コンテスト用 登場人物 俺    竹田 柊(たけだ しゅう)22歳 アイドル 清水 怜奈(しみず れな)17歳 アイドル 市川 ゆり(いちかわ ゆり)21歳 友達   西山 宏樹(にしやま ひろき)22歳 ───────────────────── 目次 一.お披露目会 二.握手会 三.私のこと、好きなの? 四.ブログ更新 五.叶わない あとがき 一.お披露目会 コンビニと居酒屋の掛け持ちで給料を全て握手券に注ぎ込む俺は、青春を経験しないままもう大学4年生になってしまった。ヲタク歴4年。初めての握手は加入生達によるお披露目会で、13歳の時だった。俺の手書き名札を見ながら「ひいらぎくん……? あっごめんね、しゅうくんなんだ。かっこいい名前!」ってキラキラした笑顔を見せてくれたっけ。帰りの電車は、同じライブTシャツを着ている人ばかりで思う存分余韻に浸れた。新宿駅で大半の人が下りてしまい、終点まで行く俺は、胸元に大きくロゴが入っているライブTシャツが途端に恥ずかしくなった。閑散とする電車は阿佐ヶ谷駅に停車する前に、中央線の人身事故が影響して微妙なところで緊急停車した。帰りにスーパーへ寄ろうと思っていたのに、このままでは閉店時間を過ぎてしまう。トムヤムクン鍋は明日にして、今日はコンビニ弁当かなぁ。やっと着いた阿佐ヶ谷駅は見合わせで、発車予定は「22:38」だった。あと28分なら待てない時間でも無く静かに居場所を確保できるため、自販機でとうもろこし茶だけ買ってまた車内に戻った。お披露目会がネットニュースになっていて、集合写真の中にいる怜奈ちゃんを見るだけで、心臓がドキドキした。周りの血管たちも騒いでいるかのような鼓動の速さ。これは多分恋愛というドキドキではなく、やっと見つけられたなという方。まあ、彼女ができたこと無いから分からないけど。加入生は怜奈ちゃんの他にあと8人もいて、とびぬけてカワイイ子やバラエティ力に長けている子、などさまざまだった。怜奈ちゃんはまだ芋っぽくて素人感が強い。手を震わせながらカメラで抜かれても妙に目が合わなくて、「東京都出身、中学2年生の、清水怜奈です。私は感動を与えられる人になりたいです」と言った。これは加入したばかりのアイドルがよく使う言葉で、聞いた時は特に何も思わなかった。最後に言った「この会場に来られなかった皆さんにもお会いしたいです」という言葉に胸を打たれ、妙に目が合わない理由が分かった。13歳でこの落ち着き様、人生1回目に見えない。そんなことを考えていたら「大変お待たせ致しました」と車内アナウンスが流れた。 二.握手会 今日は待ちに待った握手会。毎シングル怜奈ちゃんの握手券を取っているから、そろそろ覚えて貰っても良い頃なんだけど……。17歳になった怜奈ちゃんは、今シングルも3列目。番組歌唱などでもしっかりと見つけられるから問題はない。けど、本人はこれを負い目に感じているのではないか……と不安になる時がある。フォーメーションはフォーメーションにしか過ぎなくて、ファンは居てくれるだけで嬉しいというこの気持ち届いているだろうか。推しメンが卒業したヲタクは、箱推しとして歌唱を見るも「誰を見たら良いか分からなくて悲しくなる」と言っていた。届かなかった時、辞めてしまう子も実際多い。だからこそ握手会はめいっぱい気持ちを伝えて、かつ楽しんで喜んで欲しいと思っている。俺にとっての禁句は「すごーい」。この言葉を言う時だけはロボットみたいで楽しくなさそうなんだ。夏は手汗が気になるから、怜奈ちゃんのために、汗拭きシート持参している! 怜奈ちゃんのためだからな。俺が良く思われようとしているわけではない、あくまでも怜奈ちゃんのために。「い、いやあ~怜奈ちゃん、今日も可愛かったですねえ」「はぁ~手から良い匂いする~アッ手に怜奈ちゃんが住んでます(笑)」「はっはっは」──俺は絶対、ああいうキモヲタにはならない。列はもう荷物を預ける手前まで来ている。『6枚でーす』「初めまして~怜奈単推しくん……? 名前入ってるね、嬉しい。うんうん。うん。えっすごーい! また来てね」、『3枚でーす』「おおっ久しぶり。えっあだ名? うーんじゃあ、ライム太郎くん! またね」くそっ、俺だって認知されたらあだ名を……。荷物を預けて5枚の握手券を握りしめて、ブース内でラスト1人が終わるのを待つ。この時間って何回経験しても慣れなくて、直前で話すことがぶっ飛びそうになる。『1枚でーす』「おはよ~ありがとう。うん、ばいばーい」『こちらで一旦止めさせて頂きます、清水さん15分間の休憩に入りまーす』──ま、ま、まさか休憩後の鍵開けか?! キター!!!!! 落ち着け、落ち着け。やっぱり1枚出しは短い。でも6枚出しはちょっと体感長すぎる気がした。手元には30枚の握手券……1枚1000円で約10秒間だから、30枚は3万円で5分間。贅沢すぎるっ!!! 『5枚でーす』「待たせてごめんね~、うんうん、えっすごーい!」アアアアアアアアアアアア!!!!! 禁句ワードがぁ!!!!!!! 話すことを考えていたのにいざ目の前にしたら! かっこつけたくなってしまった! 俺のばか! 落ち着け! 落ち着け! あと3秒くらいある! 落ち着け! 「あれ……私の握手、初めてじゃないよね?」『まもなくでーす』へ……? 頷くことしかできなかった。ちょ、え、ちょちょちょちょっと待ってくれ。は……? その後のことはあまりよく覚えていない。「ブログにコメント書いてくれてる、よね?」「覚えてるよ」「読み方、しゅう君でしょ」って言っていたような言っていなかったような。最後は「いつもありがとう」と言われた。──次の握手会は、3週間後。『ちょおおお! 聞いてくれ……俺の神レポを!』盛りレポは要らねーぞと言いながら聞いてくれるのは、俺にとって唯一なヲタ友の西山宏樹。『「認知じゃん!?」』ってハイタッチしてカラオケと飯に行った。もちろん飯は怜奈ちゃん(の生写真&アクリルスタンド)と一緒に。「……で、次の握手会はどうすんの。はぁ? あだ名付けてもらう?! 認知されてそれだけかよ! あだ名なんかな、認知して無くたって適当に付けてくれんだよ」と呆れる西山に、元の名前に由来してシュークリームかしゅうまい、と予想された。 三.私のこと、好きなの?  『12枚でーす』「お~久しぶり!」アアア今日もかわいいなぁ、当たり前のように認知されているし! 素敵な世界だ……。本当にふと出た言葉だった。『なんか綺麗になった?』話すこと考えて12枚出ししたのに、俺はまた予定とは違うことを言ってしまった……と落ち込む暇も無く返事が来た。「えっ?」『アッちがっいや!! 元々綺麗だよ! すっげぇ綺麗!!!! ほんとに!!! 誰よりも綺麗でかわいくて…………。でもなんかこの前と違うなって』怜奈ちゃんは困ったような驚いた顔をしている。例えるなら……そう、友人には隠していたのにSNSのアカウントを特定された時のような顔。最悪だ、やってしまった。アイドル以前に普通の女の子! 彼氏でもないとあるヲタクにこんなこと言われて気持ち悪すぎるだろ! 溜めに溜めた間から出てきた言葉は「すごーい」だった。あ~もう!! 俺の馬鹿!!! せっかく12枚も出したのにまただよ。特定された顔のまま「わ、わかる?」と聞いてきた。「実はスキンケア変えてみたの…………。すごいね、ブログに書いてなかったのに気づいてくれたんだ。嬉しいなっ」ちょ、ちょ、ちょおおおおおおっ!!!!! ファ!!?!? 12枚出しってこんなに長かったっけ。『まもなくでーす』って言われない。無理だ無理だ無理だ、話せない。頭が真っ白どころかもう雲の中にいる気分だ。まずいまずい、まずいって。恥ずかしくて目を見れない、手汗がヤバいから離してほしい。「2人だけの秘密ね?」って悪そうな顔をする怜奈ちゃんは、本当に17歳なのか、本当に人生1回目なのか、不思議で堪らなかった。 四.ブログ更新 握手会から2週間が経った頃、マメな怜奈ちゃんがブログで質問返しをするということで何か……と考えたが、思いつかないまま更新されてしまった。「Q.アイドルを目指したキッカケは?」→「実は元々このグループのファンでした。将来は感動を与えられる仕事がしたくて、それに該当するお仕事は沢山あると思うんですけど、アイドルもそのうちの1つなんじゃないかな~と思って。追加メンバーの募集があったから、勢いで応募しちゃいました(笑)」、「Q.当時の推しメンは?」→「それは秘密です。でも特に仲良くさせて頂いている一期生の方はいますよ。ゆりさんです。ご飯に連れて行って頂いたりしています。とてもありがたいです」など。超がつくほどの丁寧な返事ばかりで、『さすが俺らの怜奈ちゃん!』という気持ちでいっぱいになった。その中に1つだけ気になる質問があった。「Q.怜奈ちゃんのお肌が真っ白で羨ましいです! スキンケアを教えてください」というもの。俺はもうあの日以来、CMや広告で「スキンケア」という言葉を見て聞くたびに、あの日のことを思い出しては心臓がキュウッとしている。どんな回答が来るのか。あの時は嬉しいと言ってくれたが、本当は怖かったのではないだろうか。いやもうあの日のことなんて忘れているか。指先に感情が付いていれば良いのに……。目で読む前に「無理だ!」と判断したら、勝手に飛ばしてくれるみたいな。指先に人工知能が付いたチップを埋め込んだら、いつか未来で出来るかもしれない。そんなどうでもいいことを考えながら読み進めてみると、回答は予想を超えるものだった。「ゆりさんがCM出演されているクレンジングを使っています。導入液と化粧水は韓国で買ったときのもので、メーカーが分からないので写真載せますね。美容液と乳液・クリームはゆりさんにお勧めして頂いたものです。こちらは1カ月ほど前から使い始めましたが、敏感肌の私はすごく良いです! 前回の握手会でファンの方が気づいてくれてびっくりしました(笑)そんなに効果出るんだなって! 変化に気づける人って良いですよね。私も皆さんの変化に気づくことが出来るよう、頑張ります! だから沢山会いに来てくださいね」エッ、アッ、えーっと、ゑ……? ちょっとまってこれって……。今すぐ西山に話してカラオケと飯行きたい。私信キタ~!!!! 完っっっ全に私信だろこれ!! 俺じゃん!? いやもうこれ公開告白じゃん!!? しかも俺の一言でアイドルとしてさらに上を目指すことを決めてくれた説? ッハァ~~!!!!!! また怜奈ちゃんの握手券取って会いに行かなくちゃ。『俺たちだけの秘密って言ったよね?』ってニヤニヤしながら言う、未来の竹田柊が見える。 五.叶わない  思うように成果が出せなくて、握手券もなかなか完売しない。私のこと好きな人なんていないのだ。暇つぶし感覚で会いに来てくれるだけで、きっと。自分のことでいっぱいいっぱいで、ライブは立ち位置や振りを覚えるだけで精一杯。感動を与えられているのかな…………。私が私を認めてあげられなくなった時、いつもブログのコメントを見る。SCCC。「清水、ちゃんとしなさい、ちみを見ている人は、近くにも遠くにもいる」の略って言うのは嘘。ソフトチョコチップクッキーとレモンケーキ、ホットのアールグレイを準備して。これらが好きなのもあるけれど、比較的どこでも買えてこの気持ちをいつでも思い出せるように。地方に住んでいてまだ握手会に来たことが無い人、握手会の感想を伝えてくれる人、生写真当たったよと報告してくれる人。1週間に2回ほどしかブログ更新をしないからか、毎日日記として利用してくれる人も居る。これらのコメント達を簡単な言葉で言い表すと、いつも楽しくて面白い。自分なりの言葉で言い表すと、ホットのアールグレイでラーメンを作りたい。具材がSCCCとレモンケーキで、麺がファンの方。食べるのは私じゃなくて運営。美味しかったら「イチ推し」として売り出して貰えるのだろうなぁ。器が私で、箸やスプーンが外仕事。私はまだ麺が3本くらいしか無いと思っていたのに、愛でいっぱいのコメントを見ていたら何杯でもいける気がしてきた。うーん、運営に食べさせるのは嫌になって来た。いつまでも3列目は申し訳ないけど、些細なことでもいいから愛をいっぱい返したいな……。言葉が少し下手だから「いつもありがとう」ステッカーを配りたい。スキンケアに気付いてくれた彼には3倍で。 ───────────────────── あとがき  私自身アイドルヲタクで、握手会のレポをノートに書き起こしています。「私の握手、初めてじゃないよね?」は実際に言われた言葉です。こんな形で公開してしまって、照れますね。私は一気に12枚も話せないので、1枚出しで12ループほどします。それでも話したいことが吹っ飛んで、同性なのにドキドキが止まらなくなってしまいます。毎回心臓周りの血管たちが、全力でバタ足をしているのではないかと思います。女ヲタ限定で握手の他に「頭ポンポン」や「肩タッチ」とスキンシップをしてくるメンバーも居るので……。主人公同様、いつも心の中で叫んでいます。ヲタク歴4年目になると理由は違えど、辞めてしまうメンバーを見て様々な考え(妄想)が浮かびます。いつ辞めてしまうか分からないから、「日頃の感謝や好きなところ、他の誰よりも特別な感情だよ!」と伝えるようにしています。同年代の女の子たちがお仕事やライブに限らず、ファッションやスキンケアへの気遣いも大変素晴らしくて、ブログやその他コンテンツで毎日我々のことを楽しませてくれます。そんな生き方がかっこよくて素敵で、些細な気遣いや言葉、パフォーマンスで勇気や感動を与えてくれます。「私は推しメンに同じように返せているのかな?」と思い、この文章を書くことを決めました。ただの偶像崇拝ではないと思っています。いつもありがとう。握手会が開催できる平凡が戻ってきたら、また会えますように。
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