声にならない心の形

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 まだ大きく背中で息をしている真宙に近づき、名前を呼んでみる。声が震えてしまったが、もう自分の気持ちを偽るのはやめた。  拒否されることよりも、届かなくなってしまうことの方がどれほど怖いか思い知ったから。  真宙が生きているうちに、自分の想いを伝えよう。  祐樹が決心して声をかけようとしたとき、まだ息の荒い真宙が顔を上げ、切れ切れに訊ねた。 「祐樹、見てい…くれた? 俺の……伝えたいこと……分かった?」 「ああ、最高だった。でも頼むから無茶をしないでくれ。俺の名前を呼ばた時には、どうにかなりそうだった」 「は? お前のなまえ?」 「ユウキって呼んだだろ? マネージャーがセーフティーワードだと教えてくれた」  眉をひそめ首を傾げた真宙が、ハッとした表情を浮かべる。唇を丸めて突き出してから横に引く動きをゆっくりと確かめるように繰り返した後、がくりと頭を垂れて聞こえるか聞こえないかの小声て呟いた。 「ゆ、じゃない。す、だよ」 「何? 今何て言った?」  ふと祐樹は同じことがあったのを思い出した。  六年前の教室で祐樹が告白したときに、意味を測りかねた真宙が聞き返したのと同じ言葉を今は祐樹が口にしている。  反射で問い返してしまったが、そういえば真宙の唇は「ゆき」と動いたように見えたのではと気づく。 『ゆ、じゃない。す、だよ』  人魚の真宙が水中で放った、声にならない言葉の形が、今まさに祐樹の胸に明確に届き、祐樹は息をするのも忘れて真宙を見つめた。  祐樹が理解したのに気づいた真宙が、照れ臭そうに濡れた前髪をかき上げる。 「俺、あの時聞き間違いかと思ったんだ。祐樹が俺と同じ気持ちのはずがないって。だから傷つくより先に、誤魔化したんだ」  何て自分たちは遠回りしたのだろう。祐樹は失った日々を苦く思った。 「俺も同じだ。でも、今度は逃げない。真宙が沈んでいくのを見た時、拒否されることよりも恐ろしいことがあると知った。この先は俺と一緒に歩いてくれるか?」 「もちろんだ。この役をやると決めたときから、祐樹に会って今度は俺から告白するって決めていたんだ。諦めなくてよかった。これからも祐樹を想い続けると誓うよ」  二人の愛の言葉を聞いて、アメリカ人スタッフから歓声が上がった。 「人魚姫のラストはこうでなくっちゃ!」  悲恋バージョンしか知らない日本人スタッフが、不思議そうな目を向けている。スタッフたちの祝いのハグで揉みくちゃにされながら、祐樹が真宙に言った。 「ほらな、アメリカ版の人魚姫は……」祐樹の語尾に真宙の声が重なる。 「幸せになるんだ」  泡となって消えるはずの恋は、どちらともなく伸ばした二人の腕の中にしっかりと抱き留められた。 the end
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