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僕と契約して魔法美少女になってよ
「ただいまー!」
玄関を開けて、まずは帰宅の挨拶を口にする。それから二階へ上がり、自分の部屋へと駆け込んだ。
型に嵌め込まれるような気分になるので、私は制服というものが好きではない。だから早く私服に着替えたかったのだが、
「……!」
言葉を失って、その場で固まってしまう。
締め切っていたはずの部屋の中に、なぜか一匹の白い鳩が入り込んでいたのだ。
そいつは私の勉強机にチョコンと乗っており、あろうことか、人間の言葉でこちらに話しかけてきた。
「僕と契約して魔法美少女になってよ。人々の悪意が生み出す妖魔と、戦ってほしいんだ」
魔法美少女……? 妖魔と戦う……?
小学生か中学生の頃ならば「喜んで!」と答えていたかもしれないが、もう私は高校生だ。「いやいや、そんなこと言われても困ります」とか「非常識な話! これは夢よ、夢に違いない!」とか、否定的な反応が頭の中をグルグルする。
黙ってしまう私に対して、白い鳩は、追い討ちのように言葉を続けていた。
「公原桃子、君は千人に一人の、選ばれた戦士なんだ」
なんだか、胡散臭い詐欺メールのようだ。応募してもいないのに「抽選で当たりました!」とか、行ったこともないサイトから来る「一万人目の訪問者です!」とか、そういう感じ。
そして、さらに。
「しかも今なら、契約特典として、この特性アイマスクがついてくるよ」
ますます、怪しげな勧誘みたいになってきた。
だいたい、妖魔と戦うのに就寝グッズなんて必要ないだろう、と思ったら、
「これには認識阻害の魔法が掛かっていてね。これをつけると、正体を隠せるのさ」
鳩は器用に羽先を動かして、翼の間から赤いアイマスクを取り出した。
アイマスクといっても、私が想像したような睡眠用ではなく、パーティー用だった。目の部分に穴が空いているタイプで、確かバタフライマスクとかベネチアンマスクとか呼ばれるやつだ。
「紛らわしいのよ、アイマスクなんて言い方……」
と、思わず普通のツッコミが、口から出てしまう。
すると白鳩は、その赤マスクを私に押し付けてきた。
「さあ、どうぞ」
「ちょっと待って。私、まだ引き受けるなんて言ってない……」
「いいかい、公原桃子。右の拳を天高く突き上げて叫ぶんだ、『魔法変身!』と」
バサッと翼を動かす鳩だが、中途半端だった。右の拳を天高く突き上げるというポーズは、羽の可動域では再現できないらしい。
まあ、その涙ぐましい努力に免じて、とりあえず一回だけ変身してあげようか。
私は複雑な表情で、言われた通り、右手を天井へ向ける。
そして。
「魔法変身!」
その瞬間、白い光に包まれた。
眩しさから目を閉じたが、それも、ほんの一瞬。光は止んだと感じて目を開けると……。
「何よ、これ?」
明らかに、私の服装は変わっていた。
慌てて、部屋の奥にある姿見へと走る。
改めて、鏡に映して確認すると。
「えっ、これが私……?」
先ほどまでの制服は消えて、今の私を包むのは、フリフリのワンピース。白を基調として、袖口とか襟元とかボタン周りとか、他にも色々とピンク色の飾りが入っている。
髪の色も、黒からピンクに変わっていた。髪の長さは元のままだが、サラサラのストレートが、クルクル跳ねた髪型に変わっている。頭の上には丸い輪っかが二つ、確か乙姫ヘアって言うんだっけ、これ?
「パーティーか何かの仮装? 間違っても、戦闘服じゃないよね……」
「相手は負の感情から生み出される妖魔だからね。きらびやかな格好の方が、威嚇になるのさ」
いや、それを『威嚇』と言うのは変だよね?
心の中でツッコミを入れながら、さらに鏡を見てしまう。
なんだかんだ言って、悪い点ばかりではなく、良い点もあったのだ。
それは、肌の美しさ。
同じ十代でも前半と後半は違うとみえて、高校に上がったくらいから、私は肌荒れが気になっていた。さらに、おでこや頬っぺたには、ブツブツしたニキビが目立ち始めていたが……。
それらが全て、綺麗サッパリ消えていたのだ!
これも、妖魔に対する『威嚇』の一環なのだろうか。
「安心していいよ、公原桃子。変身前に着ていたセーラー服は、変身を解除したら戻るから」
ジッと鏡を覗き込む私に、白鳩は、そんな言葉をかけてきた。別に、そこを心配していたわけではないのだけれど。
でも、一応、鳩の言葉に乗ってみる。
「……変身前の格好に戻る、ってことね?」
「そうだよ。極端な話、素っ裸で変身したら、変身解除の瞬間、また素っ裸になってしまう」
つまり、この美肌効果も、変身中の限定特典ということか……。
少し落胆する私に、
「僕と契約して魔法美少女になると、妖魔を一匹倒すごとに、善行ポイントがアップするんだ。そして一定のポイントに達すると、君には幸せが訪れる、というシステムだよ」
と、今さらな説明を始める白鳩。契約の根幹っぽい部分を最初に話さないのは、やっぱり胡散臭い。
というより、一定のポイントに達すると幸せが訪れる、というのも抽象的すぎるだろう。何か良いことが起きても、それが本当に魔法美少女として戦った見返りなのか、それとも単なる偶然なのか、判別できないよね……?
そんなことを考えていたら、突然。
『助けてくれー!』
頭の中に、聞き覚えのある声が鳴り響いた。
「え? 今の声は何?」
「聞こえたのかい? さすがは選ばれた戦士だね、公原桃子」
私とは違って、平然とした様子の白い鳩。
ぴょんと私の右肩に飛び乗って、
「それは魔法耳だよ。妖魔に襲われた人々の声が、君だけに届くのさ。さあ、魔法美少女の初仕事だ!」
こうして。
成り行きというか、その場の流れというか、そんな感じで。
私は魔法美少女として、妖魔と戦うことになってしまった。
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