疫病神は空を噛む

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「…これが、真実です」  その計画を聞かされて以降連絡を取っておらず、現在彼らが何をしているか片山は存じていなかった。 「〈あの時止めていれば〉なんて偽善的な言葉、誰にだって言えます。なので、言わないでください」  莉々子はあえて、片山は無実だとは言わなかった。もし両親が一命を取り留めていたとしても、それはれっきとした事件である。それを知っていながら黙秘を貫いていた片山も罪に問われて当然と言える。 「本当に、申し訳ない。私は、一体どう償えば―――」 「そこまでは分かりません。償い方はご自分でお決めください。でも、お話しくださってありがとうございました。私の仮説が合っていた証明になりましたし、片山さんという証人がいるのは心強いです。とにかく私は計画性を持って両親を殺した人たちに罪を与えたい。そのためなら、何を捨ててもいいんです」  言葉通り長居はせず、莉々子は鞄を肩にかけて立ち上がる。下まで送ると言われたが断り、エレベーターに乗ってから思い出したように〈開〉ボタンを押す。 「今度、オリーブオイル一本ください」  その〈今度〉がいつを指すのか告げず、冷たく扉は閉じられた。  一回に到着し外へ出ると、連絡をしていなかったはずだが向かいの自販機に新藤が寄りかかっていた。 「随分と足が速いこった」  放り投げられたアイスコーヒーを受け取ると、莉々子は申し訳なさそうに笑う。本部を差し置いて行動しているのだから、新藤に嫌味を言われるのも当然だろう。 「これ、お願いします」  手渡されたのは一本のボイスレコーダー。サイズは小さめだが制度は良く、人間の声に反応して自動的にノイズキャンセルを行う仕様のものだ。 「片山充規から事件詳細を聞きました。おそらく会社を整理してから、後日自首すると思いますよ」  笑ってはいるが、視線が遠い。事件被害者が自ら加害者とも言える人物に近づくなど、新藤は過去に例を見た試が無い。対象は両親だというのに、この少女には心が無いのだろうか。霊安室でも葬儀でも、事件概要を知った今でさえ全く手が震えていない。涙の一つでも流せば皆がこぞって助け舟を出すだろうに、そういったことをしないのは自らの手で終わらせたいと思っているからなのか。だとすると、やはりこれ以上関与させておくわけにはいかない。 「大島はうちの方でもう押さえてある。内田と荒山に関しては、今会社と自宅に向かってるところだ。解決間近だから、もう家に帰って休め」  今から残り二名の元へ向かおうと思っていたのか、莉々子は驚いた表情をする。現在の勤務先や住所等個人情報まで与えたのは新藤の失態だったようだ。 「言いてえことが山ほどあるのは分かる。だからこそ全部頭の中に取っておけ。俺達で捕まえて公にして、自由に訴えられる舞台を作ってやるから」  確かに、警察官がいるところへ無理に赴いたとしても、満足のいく会話は望めないだろう。これは一度引くが善と判断し、莉々子は素直に新藤の指示に応じる。彼が言う舞台は、即ち裁判所を意味する。そこに立てる日がいつになるかは不明だが、そう遠くない未来であることは想像に難くない。 「新藤さん。よろしくお願いします」  陽炎に揺られながら、莉々子は雑踏の中へと姿を消した。その不安定な後ろ姿に一抹の不安が過ったが、新藤はそこから目を離さないまま携帯電話を耳に当てる。 「内田と荒山の明日の予定を調べろ。明日の日中で片付けるぞ」  嘘にも良し悪しというものがある。新藤のそれがどちらと言えるかは人によって判断が異なるが、少なくとも本人は悪しと思っていない。長年の刑事の勘にはなるが、それもまた稀に効果を発揮する。それが今であらないことを祈りながら、動揺を抱きかかえた新藤は受け取ったUSBを握りしめた。
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