疫病神は空を噛む

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 翌日、捜査本部は予定通り二手に分かれた。一方が被疑者の勤務先に連絡を取っている間、自宅を訪れ事情聴取を行う作戦である。両サイドから攻めれば、よほどのことが無い限り顔を合わせることができる。立ち上げた責任も含め捜査本部長となっている新藤は本庁にて指示出しを行い、その部下たちが外で得た情報を本部へ連絡するという流れだが、午前九時半過ぎ、勤務先へ赴いた者から一本の電話が入る。 『今丁度大学病院から出たんですが、内田は今日一日体調不良で休むと、今朝急遽電話があったようです。医局秘書の方に確認をお願いしてみましたが、出勤した形跡は無いと』  であれば、家へ向かったチームの連絡を待つほか無いか。受話器を置くと、間髪入れずに再び外線が繋がる。今度は荒山が働く塾へ向かった部下からであった。 『荒山ですが、今日は元々シフトが入っていないそうです』  こちらも家か。一旦本部へ戻るよう伝え、新藤はホワイトボードに現状をまとめていく。胸騒ぎが止まらない理由を探していると、塾へ向かっていた刑事が戻ってきた直後、ようやく自宅を訪れたチームから連絡が入った。 『内田の奥さんに聞いてみたところ、今朝普通に出勤したそうですよ』  体調の不具合等の訴えは無かったかと新藤に問われ妻と子供に確認すると、そういった素振りすら見せていなかったという。 「平さん。荒山の方も一緒みたいです」  若い刑事が持っている受話器の相手は、荒山の住むマンションを訪れていた部下。最近結婚したばかりの妻に〈テストの採点がある〉といって、本来のシフトである11時より大分早く家を出たらしい。  まだ人間の体内にセンサーが埋め込まれていない現代だ、人間そのものをGPSで追うことはできない。彼らがそこらに息を潜めている殺人鬼と異なる分、次なる事件を起こしはしないだろう。では、何故この心拍数は収まらない。何が引き起こされんとしているのだ。 「とりあえず被疑者宅組は、被疑者がどこへ向かう可能性が高いか聴取しろ。全員総出で被疑者を探して―――」  ズボンの右ポケットに入れていた携帯電話が震え、新藤の言葉が途切れる。相手は三浦で、彼は捜査本部に加わっていなかった。 『平さん、忙しいとこすんません。神田がそっちに行ってませんか』  莉々子の様子を窺おうと、三浦は今朝神田家を訪れていた。普段から規則正しい生活を送っているはずだが、何故か莉々子は家から出てこない。携帯電話に連絡をしてみるも、電源が入っていないの一点張りで、自転車も家の脇に放置されたままだった。犯人が殆ど目の前にいるような状態で居ても立っても居られなくなり、本庁へ向かった可能性があると考えたのだ。 「…うちには来てねえぞ」  三浦が莉々子に電話をしたのは、今から一時間前。もし向かっていたとしたら、寄り道をしたとしても本庁へ付いていなければおかしい。  では本庁に行っていないとすれば、彼女はどこへ走ったのか。動かす車も免許も無い彼女がそこまで遠出するとは考えにくい。電車乃至徒歩による移動圏内で、今どうしても向かわなければならない場所。親の墓、学校、壊れたバイト先。思いつく場所はいくつかあるにせよ、全て可能性は低い。三浦は過去、莉々子が訴えていた無実の主張を全てプレイバックする。どこかにヒントは無いだろうか。彼女が隠し持っている目的を達成させられる場所だ。 『…平さん。確認ですが、以前封鎖した廃工場って今どうなってます』  苛立ちから部屋中を歩き回っていた新藤の動きが止まる。 「周囲の悪ガキが屯してるタレコミがあったってのもあり、来月に取り壊しが決まってる。今は敷地全体を覆う規制線が張ってあるだけだ」  電話は繋いだまま、新藤はその場に戻ってきていた捜査本部所属刑事全員に大声で指示を叫ぶ。 「ホシはおそらく、現在規制中の廃工場にいる。分かんねえ奴は調べろ、つい二週間前に起きた女子高生が自殺した現場だ。今すぐ車走らせろ!」  新藤に劣らない程の返事と共に、全員本部から立ち去っていく。新藤も椅子の上に掛けておいた古びた鞄を肩に電気を消す。 「三浦、お前も来い。今はお前が保護者みたいなもんだろ」  そう言って新藤も電話を切り、なかなかやってこないエレベーターを無視して、6階から非常階段を駆け下りる。現在齢58年とは思えないほど軽やかな足取りで。 「…こんな胸騒ぎならいらねえよ」  最悪の場合も考慮しながら、あくまで冷静にと脳内で繰り返し、外に用意された公用車に乗り込んだ。
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