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1話
めんどくさい……。
ポテチを一齧りして尻を掻く。お昼のバラエティーは期待外れで、かといって報道番組で暗い気持ちになりたくないし……。
「あー、ほんとなんにもしたくないなー」
まあ、実際なんにもせずにだらだらとソファに横になってなんもしてないんですけどね。
なんて一人っきりのワンルームに乾いた笑い声が寂しく響く。
私、新田益子は今、会社を辞めて絶賛引きこもり生活中。
リモコンを手に取ってテレビを消す。ベランダの網戸から初夏の涼しい風が肌を撫でる。
「あー、惰眠サイコーだぁ!」
横になりながら体を伸ばしてまたポテチを一齧り。
『ーーああ……うん……大丈夫だって! ねえちゃん。……うん』
どこからか若い男の笑い声。はて、テレビは消したはず……。
クリーム色の壁を凝視する。
『……うん。こっちは特になんもないよ。うん。こっちはね……』
確か、隣は空き部屋だったはず……。新しく引っ越してきたのかな。ソファから転がり落ちて壁に耳を当てる。
『……あれ、……うそだろ……もしもし、ねえちゃん』
焦る声色とともにダンポールの中を弄るガサゴソ音。
『俺の化粧水ってそっちに忘れてない……え? はあ!? 使ってるってなに?』
壁越しでも男がめちゃくちゃ怒ってるってわかるんだけど。
暇を持て余した私は、この兄弟喧嘩を壁に耳を当てながらポテチの袋を持ってきて聞いているのでした。
『また買えばいいでしょじゃないんだよ! 勝手に使われるのが嫌なんだよ! ああ? なに』
めっちゃ怒るじゃん。てか、化粧水って男のくせにさ……
とポテチを齧り。
『……はあ、もういいや。その化粧水はあげるから。これを機にねえちゃんもスキンケア始めてみたら。あんまこういうこと言いたかないけど、ねえちゃん、肌荒れひどいよ』
彼の言葉に私の体も硬直する。摘んでいたポテチが床に落ちてしまった。
『鼻の毛穴すげーし(鼻を触る私)、ニキビもできてんじゃん(おでこから頰にかけて触って確かめる私)、それに隈すげーしさ(目元を触る私)』
ーー恐ろしいほど当てはまってる……!
いやいや、でも私そんなに化粧しないし、最近じゃあ、すっぴんだし、そのうちよくなる……
『は、バカなの。くっちゃねして美肌になれるわけないじゃん』
いや、ごめんて。
でもな、スキンケアか……。
ドレッサーの鏡に映る私。
引きこもり生活で弛んだ腹を摘んでみる。
『まさかだと思うけど、自分はデブでブスだからそんなことしたって……とかくだらないこと考えてる?』
なんでわかるのこの子、末恐ろしいわ。
『……はあ、どうせねえちゃん仕事やめて暇なんだしさ、自分へのご褒美だと思ってスキンケア始めてみたら。自分磨きにもなるし、自信につながるかもよ』
『じゃ』そういうと彼は電話を切ったのか、それ以降物音はしても、声は聞こえなかった。
……自分へのご褒美、
自分磨き……か。
ドレッサーに向かうと引き出しを開ける。
二番目の引き出しの中にお目当のそれは仕舞っていた。
こんな化粧水買ってたっけ、おっほ、乳液もある。
酔ってやけになって買ったんだなきっと……。
さっそく私はお風呂場へ。初夏でべたついた体を綺麗にしてスキンケアを始めてみた。
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