side:天音 桃矢

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「両親が不仲な時期があって…今思うとお互いに不倫していたのかなって感じだったんです。夏休みとかはよく、子供同士の寝泊まりがある行事に参加させられていて。俺自身はそれに関して嫌だとか寂しいとかあまり思ってなかった気がします。けど9歳ぐらいの時に参加していた行事が思い出せない。…俺は、女性恐怖症です。小学校高学年の頃には間違いなく女性が近くに居るのが苦手になっていました。でも、いつ、何で怖くなったのかは分かりません」 精神科医は真っ直ぐこちらを見ている。 「中学生の頃、同じクラスの子と手を繋いだら全身に蕁麻疹が出ました。ブクブクに膨れた俺を見て、女の子は悲鳴を上げていたと思います。それでもまだ、その頃はアレルギー反応のようなものだったので周りも触らないように気を遣ってくれていました。母親とも家で顔を合わせなくなりました。クラスメイトより母親や担任の女教師、より大人の女性に対する恐怖心が高かったんです」 青原が心配気にこちらを伺っているのが分かる。 中学時代、その場に青原も居合わせていた。母親とどんどん折り合いの悪くなる自分に、「俺も恐怖症があるんだ。酷い時はパニックが起きる」と声を掛け続けてくれた。 多分、あの頃に青原の存在がなかったら耐えられなかったかもしれない。そう思うぐらいには毎日神経がすり減っていた。 「それでも中学の時までは自分が恐怖症だとは思ってませんでした。親も何かのアレルギー体質ぐらいにしか思ってませんでしたし、恐怖心は思春期だからで片付けられました。高校の時にやっと恐怖症だと診断されました。彼女とセックスしようとした時に、過呼吸とパニック症状が起きた為です。…それからは年々症状が悪化していってます。職場でも女性が絡むとパニックを起こす事が多く、長く続くことがありません。…今は小学生向けの塾のバイトをしていて、小学生の女の子相手には酷い症状が出ないので、仕事も我慢出来ています。でも悪化していったら今の仕事も出来なくなる。俺は何とか症状を改善したくて、このセラピーに参加することにした、と思うんです…」 何故初対面の人間ばかりの空間で、こんな赤裸々に語っているのか分からない。 あの精神科医の空気に呑まれているのだろうか? 退行催眠とやらの影響だろうか。 何だか頭がボーとして上手く考えられない。過去を思い出そうとすると霞みかかったように思考の迷路に入り込んでしまうようだった。 「天音桃矢さんは女性恐怖症。そして症状の原因も分からず、年々症状が重くなっている、ということですね。9歳頃に参加していた行事が大きく関係しているようですが、催眠状態で口を閉ざす程の原因を無理やり思い出すのは危険があるかもしれません。それでも原因を探しますか?」 真っ直ぐ見つめられている気がする。 その視線を受ける事は出来ないので、俺は視線を他へ向けながら 「それが症状の改善…いや症状の解消に必要なら。いくらでも探します」 声は少し震えてしまったかもしれない。 殺風景な白い部屋に、俺の声だけが響いていた。
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