君がくれたもの

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また会おうな! 俺はオマエにそう言って手を振り、見送った。 澄んだ青空の日だった。 いろんなことが思い出される‥ 高校生1年生になってすぐのころ 俺は家庭の事情ってヤツで、少し荒れた暮らしを送っていたけど オマエはいつも詩集ってやつか? 大事そうに抱えては、木陰に座ると読んでいた。 長い黒髪、透き通るような白い肌‥濃紺の制服が こんなに綺麗だって持ったのは オマエが着ていたからかも知れない。 なぁ‥オマエのことを妹に話したら、 いまどきそんなヤツいねぇって馬鹿笑いしてたよ。 でも、オマエは確かにそこにいた。 オマエと出会ったのは校舎の隅っこ。 オマエが木陰、俺は‥ケンカのあとで疲れて座り込んだのが最初。 不思議そうな顔して観ているオマエに俺は 『なに見てんだよ!』と、怒鳴った。 たいてい、俺の顏見りゃみんな逃げるし 怒鳴った日にゃ走って逃げる。 でも、オマエは俺に話しかけてきた。 『暑いの? すごく汗かいてるけど‥』 ポケットからハンカチを取り出して、俺に差しだすオマエ。 いい匂いがしていたな‥。 そりゃ、あと20日もすりゃクリスマスってころに ダラダラ汗かいてりゃ不思議に思うだろうけど こっちはさっきまで大喧嘩していたんだから 暴れまくって汗も出るってもんだろ‥ 差し出すハンカチを突っぱねたけど、 オマエはそれでもハンカチを引込めない。 しかたなく、ぶんどってみたらオマエは 『口のあたりも拭いたほうがいいわよ』だと。 そうか‥血が出ていた俺のことを心配してたのか。 でも、いきなりそんなこと言うと よけいに『うるせえ』なんて俺が言うだろうと思って オマエはそう言わなかった‥あとからそう聞かされて、俺はまいった。 ぜんぶ、読まれてたんだもんな。 それからお前は『洗たくして返してね』って言ったんだ。 で、俺は初めて自分で洗たくしてオマエに返す。 『なに? ゴワゴワ‥』って、オマエ。 そりゃそうだろ。 風呂場で、せっけんでゴシゴシ洗ったんだから。 丁寧に洗ったんだ、文句言うなって俺が言うと オマエは嬉しそうに笑った。 そして『ありがとう』そう言ってくれたな。 うん‥初めてオマエと出かけたのは、古本屋。 どうしても欲しい本があるとか言って、一生懸命金貯めて やっと手に入れた本は、何万もするヤツだった。 外国の古い本だとナントカ‥ 俺は、こんなくっだらねぇもんに何万も払って バカじゃねぇの!? って言ったけど 親に出してもらった金じゃない 自分でバイトして買った本だって聞いたときは スゲェって思った。 オレとオマエは男と女で、性別は違うけど ずっとずっと、ともだちでいてほしいって‥強く思ったんだ。 彼女にしたい‥それは恋だ‥そう言われたら、俺は違うと答える。 男と女の間に、友情なんてないと言うヤツラは多くいるけど 少なくとも、俺はオマエが好きで だけど好きって意味が恋の好きじゃなくて‥ そうだな、幸せにしたいと思う人への愛でなくて 幸せになってほしいと心から願う人への愛。 おなじ愛でも、愛の座り場所が違う‥ 俺の隣で、俺と一緒に歩く人への愛じゃなく 俺とは別の道を歩く人へ‥ 別々に道を歩いていても、助け合ったり声掛けあったり そんな人への愛。 座り場所が違うってことか。 ヤベ‥オマエの詩好きが、俺にまで移ったみてぇじゃねえか。 まぁ‥悪くないけどな。 わかんねぇヤツには、どんなに話したってわかんねぇからまぁいいか。 それから‥オマエはなにかと俺に勉強しろってセンコーみてぇに言うし チョットうるさいと思ったけど、なぜかオマエには逆らえなくて。 最初に‥ハンカチ渡された時にすべてを見透かされて 参ったと思ったからかな。 勉強するうちに、悪い友達は離れていった。 『パーカ』『女にいいようにされてろ』 好き放題言いやがって。 悔しがる俺にオマエは 『本当のともだちなら初めから悪いことには誘わないから あの人たちは、ともだちなんかじゃないよ』 言われて俺もなんか‥スゥって言葉が胸に入り込んだ気がした。 それが2年の時。 3年になって、今の成績なら大学も受かるぞって 担任が喜んで俺に言ってきた。 大学か‥考えたこともなかった。 おやじに言っても金なんかねぇって言うだろうし‥ するとオマエは 『お金は大切だけど、それよりももっと大切なのはあなたの未来でしょ』 そう言ってくれたから俺、家を出て行ったおふくろに会う決心がついて 会いに行って‥話すと大喜びで、出してくれるって言ってくれた。 バイトして、何万もする本を自分で買ったオマエや 飲んだくれの俺のオヤジなんかじゃない、 真面目そうな優しい、 おふくろが愛したおじさんに俺は、恥ずかしいって思ったけど‥。 いつか必ず、この金は返す。 それまで、貸してください。 で‥オマエはどこの大学に行くんだ? やっぱり、東京の大きな大学に入って 国語かなんかのセンコーになるのかな‥ それとも、小説家とか詩人とか‥ それとも、出版会社とか。 オマエは笑って、東京に行った。 東京の大きな病院へ。 オマエ‥血がどうのこうのって病気だったんだってな。 小さいころから病気と闘って、治ったものだと思っていたのに‥再発。 病院へ行くオマエを見送った日は、澄んだ青空。 3年後の『また会おうな!』そう叫んだ日も澄んだ青空。 オマエのいる、青空。 俺は、大学を出て‥国語の教師になった。 信じられるか? 俺がセンコーだぞ。 しかも、国語の。 なんかいつもオマエが、俺のそばで勉強しろとか頑張れとか 言ってくれてる気がして、 気が付いたら‥センコー‥いや、先生になっていた。 オマエに会わなかったら、俺は今頃何をやってたんだろう‥ ロクな人生を送っていなかったかもな。 ありがとう‥こころから、ありがとう。 そうそう、妹も今じゃ調理師。 俺が勉強するのをみて、 好きだった料理をもっと勉強する気になって‥ちゃんと就職。 オマエに出会えたことは、俺にとって最高の宝物です。 また‥いつか会おうな‥ 俺が全力で今の人生をゴールしたら、いつか必ず。 年月は過ぎる。 春は桜、夏は雲、秋は紅葉、冬は雪‥幾度も重ねて、景色は移ろいゆく。 泣いたり笑ったり怒ったり‥変わり続ける景色の中、人の心は変わらない。 俺の隣にはショートカットの可愛い女性が座り、目の前には2人の子供が‥ 女の子、男の子、男の子。 いつの間にか大きくなって、孫ってヤツも持てて‥幸せだ。 そして俺は‥どうやらそろそろゴールのよう。 『ねぇ、暑いの?』 よぅ‥久しぶり。 暑いさ‥熱があんだから。 でもなんだろう‥お日様の下にいるようで、気持ちよくもある。 『そう‥ここであなたに、帰りなさいって言いたいんだけど‥』 いいさ、俺は俺の決められた時間いっぱいに生きたんだろ。 『うん‥よく頑張ったね』 ありがとう‥オマエにたくさん聞かせたいことがある。 『うん‥ゆっくり聞かせて』 じゃあ、行こうか‥俺の愛する家族たち、俺は先に行って見守ってるから‥ いつまでも、いつまでも。 『暑いんでしょ‥はい』 出されるハンカチ。 俺が受け取ると 『汗、ちゃんと拭かないとね‥目のあたりも』 『ああ‥ありがとう』 オマエはいつまでも、俺の大切なともだちだよ。
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