僕が闇に落ちてしまった時の話

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 いい加減忘れかけていた様々なことが、僕の睡眠の邪魔をする。二人が僕のパスを使って『夢の国』に行ったその日の帰り、彼女からメッセージが来た。  これからご飯をたべるのだが、彼のチョイスはどうも私にあわないので、前に僕と行った店を教えて欲しいという内容だった。  僕はすぐに店の情報を彼女に送ったが、実際のところ、その店に行くかどうかでいえば、『行かないだろう』と踏んでいた。しばらくすると、彼女から画像が送られてきた。そこにはその店の写真と、そのとき一緒に食べた、ある品物が映っていた。さらにその席は、僕と彼女が座った席と同じだということもすぐにわかった。  本当に気分が悪かった。気分が悪くなる自分が本当に嫌だった。よかれと思ってしてきたことの、それが自分にどう返ってくるかについて、僕の想像力は本当に麻痺していたに違いないのだ。  彼女がまさかそこには行かないだろうと踏んだのはいくつかの理由があり、それはとても合理的だ。  彼女はその店の写真を彼に見せたことがあるのを僕は知っている。そして彼に対して彼女が『誰といつ行った』のかを話していないことも知っている。いわば僕と彼女の秘密に属するものだった。その店をまさか使うとは思わなかった。  そして後日、これは彼に確認したことだが、その店に連れられた彼は、どこかで見たことがあると彼女にその場で言ったらしい。そして僕と来たことがあることを白状したのだという。  いや、白状というよりは、なんの悪気もなく、別にいいじゃんという感じで誤魔化されたと言っていたが、つまりは僕自身の、人の見る目の甘さなのか、或いは彼女と通じ合えないような心のメカニズムをしているのかのどちらかだ。  彼女にとって意中の彼に、僕が食事に連れて行った場所を行くことも、それがバレてしまう可能性があることも、まるで気にならないとは、正直、思いもしなかった。彼女は、したいようにするだけ。今までもそうだったし、それで周りにどんな影響が及ぶかなど気にしない、なにかあったら逃げればいいと、彼女の口から確かに聞いたことがあるがそれを実行するかどうかは、また別の話だと僕は考えたのだ。  だから、本当にそれをやるとは思わなかった。しかし結果的いえば、翌日にそれはもっと確かな形で現れる。  翌朝、いつものように、彼女から連絡が来る。もう一年以上、あまり前に交わしてきたおはようのあいさつ。おはようのスタンプを使わず、最初は必ず文字で挨拶をするのが、二人の流儀だ。  そして「これから『東京で一番高い塔』を観に行く、今支度をしているが、部屋がすごく散らかっている」のだと着替えや化粧品が乱雑においてあるホテルの室内の画像が送られてくる。  その日はもともと三人で行こうと僕も誘われていたのだが、用事があるからと僕は断った。事前に『二人でいく』というシナリオを彼女と相談し、ある意味彼を騙してその状況を作ったのだった。  実際には、彼は最後まで三人で行くことを望んでいたが、僕が「もし俺が一緒に行ったとして、俺は全力で彼女をエスコートする。それをお前は気持ちよく見ていることができるのか?」と迫ったとき、彼はわかりましたと、僕の提案を受け入れたのだった。その事情は彼女は知らない。  もっと言えば、彼がどれだけ彼女のことを侮辱していたかについても、僕は彼を戒めることはあっても、それを彼女に伝えることはしなかった。長い時間をかけて、ようやく彼女の思いが成就しようとしているのだから、僕もそのためには、自分が彼女に会いたい気持ちなど、どうとでもできたのだ。  彼と合流してからも、彼女はこっそり僕にメッセージを送ってくる。 「昨日は二人で楽しめたのか」という僕の質問に、彼女から「彼はとても疲れたと言っていた」と返信がきた。並ぶのも人ごみも嫌だとか、そんな話を聞かされて僕が思うことは、嘘でもいいから楽しかった、ありがとうくらいの言葉、もっというのなら、僕のおかげでデートができてよかったと心から喜んで欲しかった。  その時点で、僕の心はすっかり闇に落ちてしまい、すっかり制御を失ってしまっていた。『東京で一番高い塔』へ行く途中も、彼女からの近況報告はひっきりなしに送られてくる。  その中にどうしても僕が許せない言葉が入っていた。 「あなたは今日何をしているの? え、仕事じゃないんだ。じゃあ、一緒にくればよかったのに」  正直に言えば、『夢の国』だろうが、『塔』だろうが、僕が行ったほうが彼女を楽しませる自信はあったし、これまでそうしていたからこそ、二人の仲が進展するよう、今回はあれこれと策を練って、それも彼女と相談してやってきたことなのに、彼女のかなではそのプロセスはどこかに飛んでいってしまったらしく、僕が少なからず彼女には好意を寄せていて、可愛がっていたことも、すべてはなかったことのようなその言葉に、僕の心は完全に打ち砕かれた。
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