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四周年
彼女が店を出して丸4年になった。いつもなら盛大とは言わないまでもささやかに、暖かく6月15日に集まって祝い事をしていたが、4年目の今日、客は僕と顔見知りの常連さん、そして彼が連れてきていた可愛いワンちゃんだった。
なんでそうなってしまったのか、それはこの際いいとして僕は少しばかり自分を恥じたのだ。
この店をオープンするとき、大小さまざまな相談事を受けていたので、僕にとっては大事な場所のひとつである。とはいえ、その店はちょっと顔を出すにはほどほど遠い距離もあり、2年目、3年目になるとついつい足が遠のいてしまっていた。
そんな彼女が結婚をし、久しぶりに顔を合わせたのは去年の10月だったか。そこに集まった常連さんと久しぶりに楽しい時間を過ごし、そこからちょくちょく連絡を取り合ってはいたものの、新型コロナウイルスの影響もあり、店はしばらく休業することになった。
彼女は強く、賢い女だが、僕からすればまだまだ子供であるし、褒められないようなところもそれなりにはある。彼女との縁は奇遇といえば奇遇だが、ありがちといえばありがちの出会いだった。
彼女の姓はどちらかといえば珍しく、その名前を聞いたときに僕が以前勤めていた会社が経営していた店のタイムカードを思い出した。何人かいたアルバイトの男の子にその苗字があったのだ。
それが彼女の弟だとわかってから、気の合う仲間――少し物知りのおっさんとやんちゃ盛りを超えてなお、ポップでボーダレスなイケイケ娘は、僕にとって数少ない一緒にバカができる飲み友達になった。
どういうわけだか彼女が困っているとき、僕はそばに居る。いや、呼び出されていっているのだからそばに居るというより、手の届くところにいて駆けつけると言った方が正しいか。
若い頃にヒップポップカルチャーにあこがれて単身ニューヨークに渡る行動力、ポップなファッションセンス、年齢や性別、人種を超えて人懐っこく接する姿には、僕にはない頼もしさを感じるし、彼女の描くイラストは僕の創作意欲を刺激する。
以前、彼女をモデルにして短編小説を書いたこともあった。二人で何か面白いことをしようとよく明け方まで話をしたものだし、それは流行り熱のようでなかなか実現はしないのだけれども、その意味でもこのお店は彼女の「やってみたい」と僕の「やってみなよ、手伝うよ」でできた共同制作物に近い愛着を感じている。
だからこそ、昨日がその日であることを当日すっかり忘れていたことを恥ずかしく思ったのだけれども、実はその日、僕はスケジュールが合わないことを想定してその前の週末に前祝に訪れ、その後、夜を徹して飲み歩いていたので自分の中でお祝いは、すっかり済んでしまっていたのだ。
「さみしい4周年だけど、めけさん来てくれて本当うれしいよ。オープン仕立ての頃を思い出すね」
プレオープンでお通しやメニューや価格設定などをいろいろ吟味した。あれはあれでかけがえのない時間であり、ずっとサラリーマンをやっている僕からすれば、彼女の生き生きとした様子はうらやましいを超えて嫉妬すら感じてしまうくらいだった。
だからこそ、自分は自分のやりたいことをサラリーマンという立ち位置でしっかりやろうと思ったものだった。僕は前からやりたかったバンドを組み、そのメンバーでよくこの店に来たものだった。たった4年でいろんなことが変わっていく。
生きているからこそ、そうなのだろうと、僕はその夜もボトルを入れて彼女と飲んだ。まだ新婚である彼女はとても楽しそうに旦那さんの話をする。そして酔いが進めば、この前つまらないことで喧嘩をしたと愚痴をこぼす。
そう、生きているってことは、そうなのだろう。
そしてこの店も生きている。
僕はそういう場所が好きだ。
みんなが生きている。そう実感できる場所が好きだ。
手伝いのおばちゃんは少し前に病に倒れてリハビリ中だ。彼女の手料理は絶品で、昨日は小松菜と厚揚げの煮物を出してくれた。僕はおばちゃんにそのレシピを聴き、彼女はリハビリになるからとおばちゃんにレシピをメモに書いて僕に渡すように言った。
「あら、小松菜の『な』がわからないわ」とメモには『小松な』と書いた。照れくさそうに笑うその笑顔がなんともたまらなく愛おしかった。
おいしく作って頂いたものを、おいしく頂く。ただそれだけのことが、この上なく上々な気分にさせてくれる。そこに痛々しい話や生々しい会話は似つかわしくない。
でも生きているということは、どうしようもなく、そういうこととは無縁ではいられないから、せめて料理とお酒をおいしく頂きながら、給付金のことや今後のことを話し合ったりする。
四周年の祝辞よりも、五周年をどう迎えるかと言う話のほうが、ボクらには大事なのだ。それが分かり合える二人だからこそ、きっと今後も楽しくポップに、時に怒ったり、ときに泣いたりしながら生きていくんだと思うと、ならば自分も負けられないと背筋を伸ばすのだ。
きっとだからなのだろうな。僕はどんなに飲んでも必要以上に女性にベタベタしないのだけれども、彼女にだけは遠慮がない。遠慮なく『どつきあえる』数少ない飲み仲間だ。
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