こころの痛み

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こころの痛み

 空虚な時間が流れる中、僕はどうしようもない『こころの痛み』に耐えていた。  それは嫉妬なのかもしれない。それは自己嫌悪なのかもしれない。それは後悔なのかもしれない。懺悔なのかもしれないし、憎しみなのかもしれない。  兎に角、痛いのだ。  それで僕は心について知ろうとした。痛いのだから仕方がない。『こころの痛み』を癒すには、どのような処置をすればいいのか。心を観察し、心を理解し、心を解読し、このどうしようもない痛みから解放される術を探る。  まずは症状を分析した。  彼女が今、どこで、何をしているのかが気になる。いつもならメッセージをすればすぐに返事が返ってくるのに既読にもならない。既読にならないメッセージを眺めていると、どんどん『こころの痛み』が増してくる。  僕は訴える。  あなたはずっと僕に嘆いていた。彼にメッセージを送っても既読にならないと。その寂しさを訴え、その辛さを嘆き、その癒しを僕に求めた。僕はそれに応え、寂しさをまぎらわせ、辛さを共有し、癒し、時にそのことを彼に訴えて是正を求めた。  僕は彼の行動や言動を徹底的に分析し、彼女と対処方法を検討し、実行し、それは確実に成果をあげていった。万事上手くことは運び、あなたは望んだものを少なからず手に入れた。  この病は伝染するのだろうか?  今度は僕があなたに苦しめられるとは夢にも思わなかった。  いや、それは嘘なのだ。僕は知っていたし、想像をしていたし、どこかで恐れてもいた。そしてそれが現実となったとしても、僕には免疫があると過信をし、それは見事に裏切られた。  既読にならない辛さ。無視される寂しさ。それが『こころの痛み』の発症に繋がっている。そして僕は今までに体験をしたことがない多機能不全に陥ってしまった。あなたには僕という薬があったが、僕にはそんな便利な薬はないし、あったとしてもそんな薬では、対処両方にもなりはしない。  あなたがあれほど嫌がっていたことを僕に対してするということは、寂しさや辛さだけではなく、恨みに似た感情を発症させ、それが嫉妬であるのか、憎悪であるのか、嫌悪であるのか、ひとつひとつの症状について検証をさせられるはめになった。  僕はこの際、それらの症状についてひとつひとつ向き合う覚悟を決め、心のメカニズムを解き明かし、二度とこのような厄介な『こころの痛み』とは対峙しないで済むようにしたかった。  しかしどうやらとてもとても、無駄な時間を過ごしたらしい。いくら心のメカニズムを解こうと挑んだところで、そんなものは解き明かすことも叶わず、そんなものを解き明かしたところで、痛みを抑えることなどできないのだ。  空虚な時間が流れる。そうなのだ。時間が解決してくれるということがあるのだった。そして別の痛みがその痛みを忘れさせるということもあるのだった。僕は『こころの痛み』とともにこの空虚な時間に身を委ねる。  委ねてみてわかったことがある。  そうだった。僕があなたに言い放ったあの言葉――あなたは人の心がわからない。  それがすべてだった。この『こころの痛み』はそこから始まったのだった。そして僕はある結論にたどり着く。きっとあなたもそうなのだ。あなたもまた僕とは違う『こころの痛み』を抱えているのだと。  これが最初ではない。たぶんあなたは以前、僕以外の誰かに、この言葉で傷つけられたのだろう。その傷を隠すために、あなたはあなた自身を傷つけていたのだ。  だからあなたはいつもこう言う。  どうでもいいと  僕はどうしようもなく、その言葉が嫌いだった。この世界にどうでもいいことなんでない。そんなものは存在できない。誰かにとってどうでもいいことでも、誰かにとっては大切なものであるはずなのに、あなたは『どうでもいい』と吐き捨ててしまう。  あなたも大事な誰かから、きっと『どうでもいい』と捨てられてしまったのだろう。  でも、それを僕はどうでもいいとは思わない。  そんな生き方は、楽しくない。  生きているということは、存在しているということは、すべて意味のあることなのだと、僕は信じて疑わない。
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