RAIN3 友達ってそういうこと

5/6
前へ
/20ページ
次へ
 アパートの階段の前で、その人は腕を組み背を塀に預けて佇んでいた。 「……航生」  その名前を口にしてから、しまった、とばかりに蓮の手を振り解こうとしたが、蓮がそうさせなかった。 「風吹、待ってたよ。あれ、その子は……?」  当然、隣の蓮に目がいく。そして、『その子』と聞くあたり、航生も女の子に見間違えているようだった。 「ああ……押しかけ怪我人」 「は?」  その言葉に航生が思わず眉を寄せる。 「遠藤、誰?」  その間に立たされた蓮が風吹を見上げた。 「え、男……? 風吹……その、手、は?」  声でようやく蓮の性別を判断した航生は、二人の繋がれた手を見てあからさまに動揺する。 「落ち着けよ、航生」  とりあえず、そんなことしか風吹には言えない。けれど、蓮は違った。 「さっき、俺足くじいたみたいで」  蓮は臆することなく言ってのける。  その間、風吹は真っ白になって、変態のレッテルが作られる様子を想像しては青くなっていた。 「え、見せて」  航生がしゃがみ込む。 ――終わりだ。彼女と別れて、親友も失って、俺はきっと変態のレッテル全身に貼って生きてくしかないんだ……  風吹がそんなことを考えていると、航生は、あ、と小さく叫んだ。 「結構ひどいじゃないか。病院行った方がいいよ」 「え、ホントに?」 「……なんで風吹が驚くんだよ」 「あ、いや。そ、それより航生。こんな時間になんだ?」  慌てて風吹は話題を変えるべく、航生に言う。 「さっき、紅音ちゃんと、会った」 「ああ、俺も会ったよ」  航生の言葉に、用件のほとんどが飲み込めた。 「なら……話は早いな」 「ああ。蓮、お前部屋帰ってろよ。少し出てくるから」  風吹は蓮にビールの入った袋と鍵を渡す。 「え、あ、俺が出てるよ」  蓮はかぶりを振って言う。 「その足でどこ行くって? まあ……別に俺は聞かれても構わないんだけどな。航生は?」 「やましいことを話すつもりはない」  だったら、と風吹は航生を部屋へ招いた。三人が部屋へ入ると、蓮はスマホをいじってヘッドフォンを掛けた。  彼なりの気遣いのようだった。 「……紅音、何だって?」  コーヒーを淹れて航生の前に置く。風吹は意外と冷静に話を切り出すことが出来た。 「……泣いてたよ。ふられたって」 「そっか。ちゃんと慰めてやったか? しっかり点数稼げよ」 「そんな所に付け込んでも仕方ないだろう。そういうやり方、俺は好きじゃない」 「だろうね」  風吹は航生の向かい側に座って、浅いため息をついた。  ベッドに転がって雑誌を繰る蓮の耳元からスティーブン・タイラーのシャウトが洩れ聞こえる。  部屋は、そのくらい静かだった。 「これ……預かったよ」  航生がポケットから出したのは、先刻紅音に渡したブレスレットだった。 「別れた男からは貰えないって?」  風吹が聞くと、航生は首を振った。 「嘘、なんだ。誕生日って」 「……は?」 「あの時は、俺に同情して欲しかったんだって。誰にでもあるだろ? ただ、誰でもいいから味方になって欲しいとき……ちょうど隣に居たのが俺で、頭に浮かんだのがそんな嘘だったって……」 「マジかよ」  テーブルの上で光る桃色の石が、妙に滑稽に見えた。 「お前が悪いんだからな」 「は? なんで、俺?」 「お前がしっかり捕まえておけば、紅音ちゃんだって、俺なんかに同情を求めたりしなかっただろうよ」 「そりゃ……そうだけど……」 「まだ気持ちがあるんなら、今すぐヨリ戻せよ」  傷ついたところに優しくして付けこんで、そのまま自分のものにしてしまえばいいのに、そうせずに更にヨリを戻せだなんて、航生も十分お人よしだ。  けれど、自分の性格は変えられそうにもないし、これからもきっと同じ理由で紅音を傷つけてしまう。そう思ったら、このまま別れた方がいいはずだ。  きっと、航生の方が紅音を幸せにしてくれる。 「……悪いけど、無理だ。俺……あいつのこと、もうダチとしてしか見られないんだよ」 「なんだよ、それ……」  航生が少し声のトーンを落す。擬音をつけるのであれば、こめかみ辺りからカチン、と響いているのかもしれない。 「そのまんまだよ。あ、航生……紅音のホントの誕生日聞いた?」 「風吹、ヒトの話聞けよ」 「なあ、聞いた?」 「……来月、だって」 「そっか、了解。航生はちゃんと忘れないでやってくれよ。お前なら、大事な友人託せるから」 「風吹! いい加減にしろよ!」  航生が声を荒げた。どん、と手をついたテーブルが揺れて、コーヒーが大きく波を立てる。 滴が弾けて、テーブルに水玉をつける。 「……これ以上、惨めにさせないでくれよ」 「ふ…ぶき?」  目を伏せて、呟くように声にした風吹に、航生が戸惑う。 「……あいつを大事に出来なかったのは俺だし、紅音に嘘つかせたのも俺だよ。自分ばっかり幸せで、ひとつも考えてやれなかった、あいつのこと。俺じゃ同じことを繰り返しちまう……なあ、航生、お前なら大丈夫だと思うんだ」 「風吹……でも、選ぶのは紅音ちゃんだ」 「大丈夫。あいつは素直だから、航生のこと選ぶさ」  軽く笑みをつくると、航生も曖昧なまま頷いた。  航生を玄関で見送ってから、風吹はベッドに転がる蓮のヘッドフォンを外した。 「……サンキュな」 「バラードになったら丸聞こえだったけどね」  蓮が体を起してベッドから両脚を降ろす。  風吹はそれを見て思い出したように足首に目を落した。 「腫れ……ひどいな」 「遠藤のココより痛くない」  蓮はしゃがみ込んだ風吹の胸に手のひらを当てて笑った。 「ほとんど聞こえてたみたいだな」 「バラードが続いたんだ」  蓮は言うが、聴いていたアルバムにバラードは二曲しか入ってなかった。  風吹は蓮が心配してくれているんだと気付き、どこか暖かい気持ちになった。 「じゃ、行こうか」 「……どこへ?」  風吹の突然の言葉に、蓮が驚いて聞き返す。 「病院」 「いや、いいよ!」 「放っておくわけにいかないだろ?」  風吹は言いながら、そっと膨れ上がった足に触れた。蓮が苦痛に顔を歪める。  それを風吹はじっと見上げた。 「やっ、行くから、触らないでっ……」  うっすらと涙を浮かべた蓮を見て、風吹がそっと手を離す。 「いい子だ」  風吹は蓮の零れそうになる涙を指の腹で拭ってから笑った。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

184人が本棚に入れています
本棚に追加