184人が本棚に入れています
本棚に追加
「なあ、やっぱり降ろせよ。恥ずかしい……」
風吹の背中で蓮が呟く。
「通りでタクシー拾うまでだよ。我慢しろ。大体、どこでこんな酷い怪我したんだよ」
「さっき……公園で、引き摺られた時に……」
「大分時間経ってるじゃねぇか。……てか、あの時に言えよ!」
「言えるかよ! ……助けられて、更に背負われるなんて、冗談じゃねぇ」
「今は背負われてるけどな」
風吹が笑いながら言うと、蓮はその背中を拳で叩いた。
「やっぱ歩く!」
「いいから大人しくしてろって。掴まってないと落ちるぞ」
「いや、むしろ降ろせよ!」
通りが近づく毎に風吹の背中で蓮が暴れる。
「黙ってろよ。しゃべらなきゃお前は可哀想な女の子で、俺はそれを助けた王子に見えなくもないんだから」
言われて蓮は渋々黙り込んだ。歩いて激痛と戦うよりは、女の子になりきる方を選んだらしい。
「……こんな王子、いらねぇ」
蓮がぽつり、と風吹の耳元で呟く。
「そうだなあ……カボチャパンツも白タイツもないし」
「やっぱりサラサラの髪に強い腕と長い脚も要る」
「で、白馬なんかに乗って?」
笑い出した風吹の首に蓮が腕を廻す。
「それ、最高!」
楽しそうに笑い出した蓮に、風吹が更に笑う。
「居ねぇよ! そんな奴」
「居るよ。居るんだよ、遠藤」
ぴたり、と肩に蓮の頬が当たる。耳元で小さく呟く声は、今までよりも真剣だった。
「……はいはい。ブルーバードシンドロームね」
冗談でしか、返せなかった。
蓮の声があまりにも憂いに満ちていたから。
――自分がなんとかしてやらなきゃいけないんじゃないか、なんてそんなことすら、頭を過ぎったから。
「何とでも言えよ」
拗ねたような蓮の口調は、いつものものに戻っていて、なぜか風吹はほっと安堵の息を漏らすのだった。
病院では、骨に異常はないとのことで、アイシングとテーピングの処置で終わった。
帰りはタクシーで、アパートまで帰宅し着いた時間は一時を過ぎていた。
長い一日だったな、と風吹は思い返す。急に眠気に襲われてきた。
「蓮、お前ベッドで寝ろよ。一緒には寝ないからな。間違って足蹴るかもしんねぇし」
風吹はベッドに腰掛けている蓮に言い放つと、手際よくテーブルをずらし、クローゼットから毛布を引っ張り出した。
「遠藤は?」
「今日は床。じゃ、おやすみ」
毛布にくるまり、クッションを抱きかかえて風吹は床に転がった。
「ちょっ、遠藤」
「おやすみ。返事は?」
「……おや、すみ…」
蓮は仕方なく部屋の明かりを消してベッドへ潜り込んだ。その様子を見て、風吹が小さく笑んで目を閉じた。
「利用しようとした、だけなのに……」
蓮の小さな呟きが聞こえる。
やっぱり自分は利用されていたのか、と風吹は思った。それでもいい。それで蓮の何かが癒えるのなら、今はこのまま利用されていよう、そう思って風吹は眠りに落ちて行った。
最初のコメントを投稿しよう!