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――アイツはあんなこと言ってたけど、やっぱ気になるし。
風吹は、自分のための言い訳を考えながら濡れたアスファルトを蹴り上げていた。
その日の講義が全て終わった後には、空は泣き疲れたように滴を小さく変えた。
それでも、小雨とも霧雨ともつかない水滴が体を覆っている。
ロッカーから出した置き傘は久しぶりに開いてもらえて、少し機嫌よく、時折吹く風に端を揺らしていた。
経済学部の校舎からは、学生がばたばたと出始めていた。
ちょうど四講の講義が終わって少し経った頃だろう。
風吹は、終了の鐘の前にこっそり講堂を出ていたので間に合ったというわけである。
「あのっ……土屋蓮って学生、知ってますか?」
適当な学生を捕まえて風吹は話しかけた。
「あ……ああ。あれ? 君、今朝のバイクの子?」
どうやら、朝の観衆の一人だったようだ。本当のことなので、風吹は素直に頷いた。
「土屋くん、今日の講義出てないみたいだよ。彼、目立つからすぐにわかるんだ」
その学生は言って、隣の友人に、なあ、と言葉をふった。
「もう二日だろ? その前だって、午後から急に消えたって親衛隊が騒いでたし」
「親衛隊?」
聞きなれない言葉に、風吹は思わず聞き返す。
「うん、親衛隊。経済って、女少ないから、自然と出来るんだよね」
経済学部の学生同士顔を合わせて頷きあう。
「……蓮にも出来てるって、こと?」
「まあ、黙ってれば女の子より可愛かったりするだろ? 実際、姫様って呼ばれてたりするし」
「姫様?」
「そう。だから、君もあんまりこの辺、うろつかない方がいいよ。蓮姫の親衛隊に尋問されちゃうかも」
「……ご忠告、ありがとうございます」
風吹は、とてもじゃないけど学部棟に入る勇気がなくて、二人に礼を言うとそのまま踵を返した。
――その、親衛隊とやらにちゃんと送ってもらえてるといいけど……
風吹はそっと傘の影から空を仰いだ。まだ、泣き足りないような雲が広がっている。
――けど…姫様か……。王子を待つ姫、か……
風吹の脳裏に昨夜の蓮の声が響く。
『居るよ。居るんだよ、遠藤』
真剣な口調。力のこもった腕。蓮は、王子……つまり本気になれる誰かを待ってるんだ。 心から好きだと言える相手を。
そう思うと、なぜか切なくなって風吹は自然と濡れた木立の間に歩を進めていた。
蓮と、初めて会ったあの場所へと。
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